夜露



 ほしいものは ぬくもり
 ふれてほしいものは そのてのひら





 風呂から上がってすぐに藤真は、ベッドに突っ伏していた。バスタオルは腰の辺りに丸まっている。
 髪を拭きながら寝室に入ってきた花形は、いつもの事とは言え苦笑いするしかない。
「風邪ひくよ」
「……ひかないよ。暑いくらいなんだから…」
「ならいいけどね」
 部屋の明かりを落としベッド脇のライトをつけて、ギシという音を立て藤真の横に座ると、顔だけをこちらに向け何かを言いたそうにしている。
「なに?」
「なーんにも」
 藤真は、今度は両手を枕にして目を閉じる。


 静かな呼吸にあわせて、藤真の背がゆっくりと上下している。その背をゆっくりと撫でてやる。くす、と小さな笑みが聞こえた。
 右の肩甲骨を撫で、そのまま左の肩甲骨を撫でさすり、背の真ん中を撫で下ろす。
 少し汗ばんでいる肌はしっとりとしていて、とても滑らかだ。
「ふ、ちょ…と、くすぐったいよ…やめろよ…」
 目は閉じたままで口元を綻ばせて、それなのに声音はもっととせがんでいる。含まれる甘さが訴えているのがわかるから。藤真にとっては、多分無意識なのだろうと思う。勝気で負けず嫌い故に素直でない彼の精一杯だ。

 『欲しい』と、口に出せない代わりに、こうして素肌を晒して花形の目の前に投げ出すだけ。その姿態に触れて良いと、触れてくれと無言の要求で攻めてくる。
 いつからだろう。こんな風に肌に触れて、嬉しそうにない言葉ばかりをくれるくせにして、本心は必死でねだっていると判るようになったのは。短いのか長いのか、一言ではいえない付き合いの中で、濃密な時間を共有した者だけに与えられたそれは至福の瞬間。花形だけに与えられたもの。

「ねぇ、藤真…」
「ん?」
 腰に巻いていたバスタオルをベッド下に投げ出して、半身を藤真に覆いかぶせるように重ねながら、その耳元で囁いてみる。
「背中、綺麗だね。良い筋肉がついてるよ」
 肩から背を撫でて、双丘に辿り着くと、
「そりゃあね、これでもスポーツ選手だから…って、くすぐったいよ」
 耳たぶを甘咬みして、藤真の両太腿の間に膝を割り込ませていく。
「あ…」
 目の前で耳がみるみるうちに紅くなっていくのが見て取れて、そんな反応が愛しくなってくる。
 紅くなった耳に、ちゅっと音を立ててキスをして。脇腹を撫でていた手を、また双丘へとずらし、すっと中指をその奥へと滑らせる。
「あっ…」
「何?」
 声が漏れたことを恥じるように、覗き込んで見えたものは唇を噛み締めている横顔。ふるふると顔を震わせているのは、知らずに感じてしまう自分をまた責めているからだろうか。
 中指で藤真の秘所を摩りながら、時に第一関節あたりまで入れてみる。そんな事を何度か繰り返して、
「やっぱりこのままじゃきついな。何で濡らそうか」
「花形…」
 名前を呼ばれた後、息を呑んだ藤真がこちらを向いた。
 息がかかる位の近さは、彼の瞳に自分が写っているのが見えて。その自分の顔が少しづつぼやけていっている。
「こんな事くらいで涙目になっちゃあ、後がもたないよ。だろ、藤真」
「しかた、ないもの」
 鼻先にも小さなキスをして、
「じゃ、身体こっちに向けて」
 横になったまま互いに向かい合わせになると、すでに屹立し始めている藤真自身に己の欲望とを擦り合わせるようにする。静かに身体を揺らしながら、大きい波でなく極々ちいさな波を与え合う。
 藤真の両手が拳になって胸を押してくるけれど、腰を抱き寄せるだけで激しさはまだ与えない。
 拳を握っていた藤真の手が開かれて、いつしか胸に押し当てられていることに気がついて、身体の揺すりを少しづつ早くしていった。
「んん…ふ…」
 藤真は硬く屹立している自身のものをまるで急かす様に強く押し当て動かしている。瞳は切なげに閉じられて、そっと口付けながら腰をなおも引き寄せてやると、
「ああぁ…花形、もっと…もっと強くして…」
 返事の変わりに何度も閉じられている瞳に口付けをして、己自身を強く押し当てて少しでも大きな波が藤真に押し寄せていくようにと腰を動かした。
「だっ、だめだ、足りない…手でして…」
「いいよ…」
 瞳に頬ずりをして、腰に回していた手を撫で摩りながら下へと伸ばし、下生えの中から屹立している藤真自身を握り締める。途端に切なげな嬌声が聞こえた。
「あああ…ん…あん…」
 緩く、時にきつく扱いていくうちに、顔を何度も反らせようとしてくる。頬を当て、反らせないように押さえて、藤真の芯から生まれてくる快感の波が全身を包み込んでしまうまで、尚もおさえてやる。

 じれったいだろ?
 疼く腰が堪らないだろ?
 声くらい、いくらでも出せば良い
 おまえの全部を受け止めてやるよ

 顔を反らすのを諦めて、肩口に埋めてくる。髪に口付けて一際強く扱くと、藤真は瞬間身体を震わせて達した。
「はぁ…」
 肩口に顔を埋め整わない息のもとで、
「なぁ、花形…」
「なに?」
 髪に口付けをしながら、藤真の精を受けた指先をその双丘の間に滑り込ませ、秘所に沿わせて行く。
 顔を少し上げて息のかかる近さで、
「早く…してよ」
「…わかってるよ」
 秘所に中指を差し入れ、ゆっくりと抜き差しを繰り返す。甘い吐息が顎にかかり始める頃、指を二本に増やして、やはりゆっくりと急かさないで慣らしていく。
 手の平が頬に添えられて、何かを言いた気に唇を震わせている。もっともっととせがんでいるのだろう。それとも、もういいからと言いたいのかい。
 指を引き抜いて、藤真の身体を仰向けにさせる。その上にそおっと重なって、耳元に口付けた後、舌でなぞる様に舐める。
「んん…」
 さわさわと震える身体が愛しくて。髪を梳いて、瞳を覗き込むように近づける。
「もう良い頃だね。藤真…名前呼んでよ」
「とぉ…る……とおる…」
 艶やかな声が耳に届く。なんて甘い。
「ありがと」
 藤真の足を肩に乗せ、
「少し苦しいけど、我慢して…」
「いいから…はやく…」
 秘所に屹立している己自身を宛がい、一気に突いていく。
「ああぁ……花形……」
 反らされた喉元の白さが、柔い明かりの下でさらに白さを増しているように見えて。そうして少しづつ紅みを帯びていく様の美しさ。手に触れる肌は汗ばみ、しつとりと吸い付くような。
 震える唇が醸し出す吐息の甘さに、眩暈にも似た痺れを感じないではいられない。首に回された腕で、きっと藤真にも伝わっている。

 誰がこんな藤真を想像できる?
 凛とした真昼の太陽の下にある姿から。
 白い肌も、愛されてほんのり染まる肌も、甘い艶やかな吐息も、すべてが己だけのもの。誰にも見せる事は無い。渡す事も無い。
 ただ、ただ―――。
 夜の帳の中で互いを確かめ合う秘め事が、儚いまるで露のようなものだとしても、ひたすらに愛していく。