雨音はゆるやかに
眠りを妨げないよう そおっと
それでいて さわさわと五感をなであげて
誰かの寝息を そう一緒に届けてくれるから
ふと何かに気が付いて目を開けた。
何度か瞬きを繰り返し。暗い。けれど真っ暗じゃない。顔を上げて、うすぼんやりと浮かぶ淡い明りをみつける。
ベッド脇に置かれているローテーブルには、確かランプが置いてあった。明るい部屋の中では目立ちもしなかったから、特に気にもしていなかったのだけれど。
花形の部屋には最低限必要なものくらいしか置かれていない。殺風景とはまた違うそんな部屋にあるのだから、きっと。和紙から透けて光が薄く見えるそのランプも彼にとっては必要で意味のあるものなのかもしれない。でも、こういうの、どこで見つけてきたのだろう。
自分がいつも見ている彼が彼のすべてではなかったことを知ったのは、ほんの何時間か前で。ほとんど、まだ何も知らないのだ。好きな色、好きな音、好きな言葉、好きな……物も。
知りたいな………
薄明かりの温かみから知れればと、そんな気持ちを込めて腕を伸ばしてみた。手のひらを翳して、もう少しで届く。と思われた時、肩を引っ張られた。
「あ、何?起こした?」
起き上がろうとしていたところを、また戻されて、ついでに花形の方に向くことにした。
「何してたの、藤真は…」
寝起きの掠れた声が、なんて優しく聞こえるのだろう。なんだか、らしくないほどふわふわしている。つい嬉しくて、
「なんでもないよ」
そう言いながら、花形の胸に鼻を擦りつけた。
肩に置いた手で少しだけ離されても口元は綻んでいる。花形も、つられて綻ばせている。
「身体、辛くない?」
「ん、大丈夫だよ。まだ痛いけど、大丈夫」
「…良かった…」
花形の大きな手が頬を撫でてくれる。指先を唇に這わせたりもしてくれて。
「藤真の顔…もっとよく見たいな…」
「じゃ、メガネとろうか」
「そうじゃなくて…」
ちょっと首を傾げていると、背に手を回されて少しだけ引き寄せられた。
息のかかるようなこんな近くで顔を見合わせているなんて、なんだか信じられない。
「はっきり見える…睫、長いね…」
「良い事かどうかはわかんないけどな」
「そう?藤真の顔、好きだよ俺は…。まあ…それだけで好きになった訳じゃないけどね…」
髪を梳いてくれる手が心地良かったから。多分、照れも手伝っていたのもあるけれど。素直に、
「ねえ、キスしてよ花形」
判ってるよ、そう唇が動いて、軽く触れるだけのキスをくれた。何度も。
今この時間をこんな風に過ごしていることが、初めてでもなんでもなくて、ずっと以前から続いてきていることのように思えて、なんだか不思議な気がする。
朝練のために乗り込んだ電車で一緒になり、いつものように授業も受けて、放課後の練習もいつもどうりで。いつもと違うものがあったとしたら、三年の最後の部活と言うだけだ。暗くなった帰り道、離れがたくて用もないのに公園で喋ってたっけ。
今夜は一緒にいたい。
言い出したのは、どっちが先だったろう。
でも、もうそんなことはどうでもいい。ふたりとも同じ気持ちでいた事が判ったから。辿りつく先に、触れて重なり合って、そうして繋がりあいたいと、そう望んでいたことが判ったから。後悔はない。
だから、優しいキスをもっとして。
啄ばむようなキスを繰り返していると、だんだん唇が濡れてくるものだから。チュッと微かに濡れた音が聞こえてくると、胸の奥から恥ずかしさが込み上げてくる。
今自分は、きっと紅くなっている。
「あ…あの…花形…ちょっと…」
「何?」
唇をかみ締めて、花形の唇に指先をそっと這わせてみた。何かをしたかった訳じゃない。ただ、彼に触れてみたかっただけなのに。それだけなのに。
口に指先を含まれる。まるで赤ん坊がミルクを吸うように吸われて。舌先で舐められて。
あああ…もう…
本当に、たったそれだけの事なのに、どうして心臓がバクバクしてくるのだろう。
目を瞬かせていると、肩を擦ってくれていた花形の手が、鎖骨を撫でながら。殊更にゆっくりと撫でながら、手が今度は臍の辺りを撫で擦って。そうして、花形の手がこれからどこを撫でようとしているかがわかったから。
思わず目を閉じた瞬間、息をのんだ。
指先を舐められている頃からすでに固く屹立し始めていたペニスを握り締められたのだ。
花形は、口に含んだ指先をゆっくり出し入れさせて。それにあわせるかのように、握り締めたペニスを緩く扱きはじめた。
はっはっ、と息が少しずつ上がっていく。時折、背を痺れるように駆け上がるものがある。
花形の扱きは、けれどあくまでも緩くて、なんてじれったいのか。焦れて焦れて焦らされて、もう自分でも花形にも判るほどに腰を揺らせているのに、出口を見させてはくれない。
「い…いじわるだ…花形…」
「ああ、そうだね。いじわるかもしれない」
焦れてしっとりと汗ばんでいるはずの額にキスをくれて、耳元で囁く。
「藤真の身体が辛いだろうから入れたりはしないよ。そのかわりにさ…眠れない藤真に、長く長く快感をあげる」
「はっ…ああぁ…ああん……」
緩い、じんとした痺れるような快感しか与えられず、頭の中がチカチカしてくるのにそれ以上にもならずに、もうどうしようにもならなくて、堪らずに花形にしがみついた。
花形の背に回した両手を拳に変えて叩いてみるけれど、力なんか入る訳がない。
腰の辺りでじんじん痺れているものを何とかして欲しい。気が付けば、自分から揺れる腰を花形に押し付けている。それでも恥ずかしいなんて言ってられない。
「た、のむから…なんとか…して…」
聞いてくれたのか、手を離してしがみついている身体をきつく抱きしめてくれた。待っていた。濡れそぼっている自身のペニスを花形の、やはり固く屹立しているペニスに擦り付けた。
強く揺らしながら。でも足りない。全然足りないよ。擦り付けるだけじゃ足りない。
「は…ああ…はながた…だめ…たり…なぃ…なん…とか…」
「藤真…ふ…」
多分ふたりとも。探し当てた唇を貪るように吸いあった。口腔内を舐めまわし、舌を絡ませ合い、互いの唾液を混ざりあわせた。
花形は、強く唇を吸い上げた後、首筋に、鎖骨に、乳首に何度もキスをしながら、下のほうへとずらしていった。その先にたどり着けば…。
思うだけでイきそうになってしまう。どうしてこんなにも感じてしまうのだろう。
それはきっと、
「は、ながた…好きだ…好きだよ…」
声になっているか判らない。花形に聞こえていてくれればと願うけれど。
「ああ…あっぅ…」
ペニスを口に含まれたのが判った。舌先の滑った感触が堪らない。もどかしさで、花形の髪に指を絡ませて頭を抱いた。
激しいキスのように、強く吸われては舌で舐め回されて。もう我慢できない、あと少しというところで、ペニスの先端に歯を立てられて、その刺激に煽られるように、花形の口の中に精を吐き出してしまった。
「はあぁ…はあぁ…」
荒い息がまだやんでもいないのに、花形は上のほうに上がってきて、耳元で今しがた吐き出した精を飲み干した。ゴクリという嚥下する音がなんて卑猥に聞こえる。
「やな…奴…」
「藤真のだからだよ…」
横目で睨んでやると、ニッと笑っている。
幾分落ち着いた息の元で、花形の唇に触れてみた。そこから感じられるものは、優しい温もり。
朝が来るとふたりはどうなっているだろう。今までと同じと言うわけにはいかないかもしれない。でも、それも良いじゃないか。変わっていく自分達を楽しみたい自分がいるのだから。
「あのさ、花形…」
「何?」
「お前のこと…、俺の知らないお前のいろんなこと…ひとつずつ教えて…」
「良いよ…。俺も…藤真のこと知りたいな…」
「ほんとだ…」
互いに見つめあったままで口元を綻ばせた。
満たされた想いで目を閉じて、花形の大きな胸に頬を寄せた。