指先…



 ふと気がついて。
 ああ、やっぱりなって、思った。

 この頃の自分は、少し変なんだ。
 見いってしまっているんだ。いつのまにか。

 手を。
 指先を…。



 バスケの部室には、ロッカーと机と椅子が四つあって、広さ的にはそんなに狭くもない。
 他のみんなが帰ったその後のそんな中で、副部長の花形と明日とか来週の大まかな練習メニューを、机を挟んで向かいに座って考えるのが日課になっている。
 自分が身振り手振り織り交ぜて色々な案を出し、花形がそれを書き留める。
 いつもの事で、特にどうということはない。
 ないのだが……。

 つい…。

 鉛筆を持つ花形の手がそこに文字やら絵を書き込んでいくのを見ていると、話をしながらもその指先も見つめてしまう。
 普通に見ていたものが見つめてしまっている事に気がついたのがいつだったか、正確なところは覚えていない。
 書き込まれていく文字を目で追うなら、それは自然だ。にもかかわらず自分は、文字と一緒に、いやそれ以上に花形の指に手に手首に惹きつけられてしまう。

 いつの間にか見いってしまっている。


 きっかけが、もしあるのだとしたら、多分あの時だ。
 やっぱり今みたいに、花形と部の運営とかを話し合っていて、何かに焦れていたのか、書き留めている花形の手から鉛筆をとり続きを書こうとした事があった。
 鉛筆を取るその瞬間に、少しだけ指先に指先が触れてしまったのだ。
 どうと言う事はない。単に触れただけ。良くある事だし、とりたてて特別な事でもない。
 そのはずなのに、なんか甘い痺れのようなものが走ったのだ。

――― え……

 練習中に身体が接触することなんて酷く当り前な日常なのに。皆と冗談を言い合って笑いあって、花形の背中に飛びついたことだってあるのに。
 それなのに、あの時のほんの少し触れただけの指先が、甘さを含んだ痺れのようなものが、淡い余韻になって自分の中に残っているんだろう。

 だから気になってしまう。
 つい、見いってしまう。
 書き込まれていく文字を目で追うなら、それは自然だ。にも関わらず、文字と一緒に、いやそれ以上に花形の指に手に手首に惹きつけられてしまう。



 こんなにも平気でいられない自分。

――― 花形は…?


 花形は平気なのだろうか。自分に起こってしまうような変化を、花形は感じる事はないのだろうか。

 

 花形はいつも穏やかでいる。
 背が高い分ガタイもあるはずなのに、威圧さを感じさせない。試合相手には容赦しないものがあるのだろうけれど、こうして二人でいたりする時とかには感じたことはない。
 信頼できる彼。
 そんな花形なのに、眼鏡をかけているせいで瞳はいつもレンズの向こう側にあって、それが二人の間に越えられない何かがあるように思わされる。
 小さな事がきっかけで気になってしまっているのに、たどり着けない何かがある。

 間に一線を引いているのではないだろうか、花形は。

 何故?
 どうして、そんな必要がある?

 最初は小さな変化の意味が知りたくて、気になっていた手や指先だけだったのに。
 どんどん、もっと知りたくなるのはどうしてなのだろう。
 しかも、花形にもそんな変化を望む気持ちが、心のどこかにあるのだ。
 どうしようもなく知りたくなる気持ちが。


 平静を装い。
 片手で頬杖をついて。
 耳に馴染む声を聞きながら。
 滑らかに紙の上に文字を書き込む指を見る。
 気づかれないように。
 視線だけで目の前の彼を見る。

 いや、きっと、気づいて欲しいと自分は思っている。


――― これって……


 ふいに、気がついてしまった。


――― 好きなんだ、花形の事が…


 そう自覚したら、心の奥にすとんと収まるものがあった。

 恋をしている。
 その気持ちを、花形にも気づいて欲しいと思っている。



 まだ、平静さは装える。
 片手で頬杖をつきながら、声を聞いて。
 指先を見つめて、そうして目の前の彼を見つめる。

 視線を感じたのか、花形が手を止めて顔を上げた。
 ただ、見つめる。
 彼も見つめ返してくるだけ。

 お互いに言葉は何もないけれど、花形の瞳の色が優しくて、そこに同じ想いが溢れている事を教えてくれている。
 瞬きを何度か繰り返すと、そっと花形の手が頬に触れてきた。
 柔らかな手を感じながら目を閉じて。

 互いの距離を縮めていった。

 そうして、触れあわせた。

 

2017年5月4日 「花藤の日」によせて。
ささやかではありますが、しかも、リハビリも兼ねて書いたから拙いものに^^;
花形と藤真が、ずっと幸せでありますように…(^^)