夜更かしの理由




 ふわふわと、波間を揺れるように漂よっていた意識がゆっくりと、自分の元へ戻ってくる。

――― あぁ、なんか温かいと思ったら……

 花形が後ろから抱きしめてくれていた。
 ときおり指先が、頬を柔らかく撫でてくる。

「…花形…起きてたんだ……」
「ん…なんとなくね……」

 声が髪にかかる。
 くすぐったくて、少しだけ身動ぎした。心地良かっただけで、震えた訳じゃない。
 でも、花形はそうは受け取らなかったようで。指が、頬から額に触れて前髪を、梳いてくれてわかった。

「起しちゃったね……ごめん……」
「…ううん…気持ち良くって……」

 うつらうつらしていただけだから―――
 言葉は声にはならなくて、唇が動いただけだった。

「なぁ…今、何時頃…?」
「さぁ…何時だろうね…」

 優しい声が溶けるように染み込んでくる。髪から、そうして胸の奥へ。温かなものを届けてくれる。

「雨…止んだね……」
「ん?藤真は知ってたの?」
「少しだけ、聞いた…」

 雨が降っていた。
 最初は多分、小振りだったのだろうと思う。はっきりと聞いていた訳では無くて、合間に聞こえてきたと言う方が正しい。

――― あれは…

 あまりしない体位だった。後ろから突かれるなんて。
 花形の規則正しい抽出が繰り返される中で、前も扱かれているからか、気持ち良さにくらくらしてくる意識を保つのも億劫で、もう手放してしまおうかと、ふと見上げた時に窓ガラスが見えた。
 カーテンは開いていた。

 雨音を―――聞いた。

 ただ、その瞬間を捉えたのも一瞬で、その後の事は覚えていない。


 次に気がついた時、身体には緩めのお湯が当っていた。きっと、花形に意識ないままに抱きかかえられて、シャワーで汚れを落としてもらっていたのだろう。
 いつだって自分はそう。
 花形に心を許してからは、身体も何もかもを任せてしまう。

 花形に見せていないものや、教えていないものってあるのだろうか。
 まだ何か、自分の中に残っているものはあるのだろうか。

 そんな取りとめのない事を考えていたら、無言になった自分を心配したのだろう。花形の手が胸の辺りを撫でてきた。
 ゆっくりと、呼吸に合わせるように緩やかに撫でてくる手。
 大きな手と、しなやかに動く指と。合間にちょっと、胸の突起を摘ままれて。

「ん…」

 ああ、自分の零した吐息なのに、なんて甘いんだろう。

「…花形……」
「…藤真、嫌?」

 頭をゆるゆると振って、嫌じゃない、本当はもっと。そう、欲しがっている事を伝える。
 髪に、花形がそっと顔を埋めてきた。

 緩く。
 急がずに。
 柔らかく。

 胸の突起を摘ままれながら、時に臍の辺りを撫でられる。

――― その先を……

 詰めた息を吐いて、唾を飲み込んだ。
 きっと、そんな事も花形には知られてしまう。
 瞼を閉じて、待った。

「良い?」
「…あぁ……」

 返事は小さな声にしかならなかった。
 それでも、花形には充分だったようで、臍の辺りを撫でていた手が下りてきた。
 自分でも自覚していた。すでに、自身のモノは屹立していて、いつ握りしめられるか待っていたのだから。


「ごめんね、藤真…。でも、今夜は、もう辛い事はしないから…」
「辛く…なんかないって…」

 緩く緩く扱かれる。まるで、浅瀬を漂う波のようにゆっくりとした動き。それが、かえって煽る事を知っているのか、それとも、知らないのか。
 扱かれる手に合わせるように息を吐いて、身体を花形に凭れさせて、そうして、委ねていく。
 自分が望んでいるのはどちらなのだろう。
 急いて欲しいのか、ゆっくりで良いのか、どちらが欲しいのか判らない。

「濡れてきたね…」

 扱かれながら、先端を指先で撫でられて。
 瞬間、身体がかぁっと熱くなった。

 堪らない。
 くらくらしてきた意識が、快感しか追いかけてくれない。

 堪らなくて、もう―――。


「花形……」

 花形に向き直り、縋りついた。
 彼の手は優しく抱きしめてくれて、それから、柔らいキスをくれた。

「もう…我慢できないよ……」
「良いのか、藤真…」

 首を縦に振って、キスをせがんだ。
 途端に強く吸われ、舌が入ってくる。口腔内を意思を見ったソレに舐めまわされて、絡められて吸われる。

 少しだけ離れた花形が、小さく微笑んだのが見えた。

「時間…かけてするから……」
「…良いから…早く…」

 繋がる身体が熱くて、堪らない。


 今夜もまた、熱くて真っ暗な海原に泳ぎだしていく。
 ふたりきりで、底知れない波の中を、まるで漂うように泳ぎだしていく。

 長い夜の中を。