5時間目が、やっと終わる。
午前中まで降っていた雪は、僅かばかりの積雪を残しただけにとどまり、かわりにやってきたのは、うたた寝をするのには兆度良いくらいの陽射しだ。
ぴんと張り詰めた冷たい空気が、射し始めた陽射しと緩やかにとけあっていく。
ぼんやりと窓の外に目をやると、決まって頭の中に浮かんでくる事がある。
あいつの事。
最近は、時間さえ許せば、あいつの事ばかり考えている。
「何ぼんやりしてんだよ。考え事か?」
「ん?」
頭のすぐ上から降りてくる声は、暇さえあれば俺の中にあらわれてくる、そう、今、自分が一番気にかけているヤツの声だ。
「いや、何も。ぼーっとしてただけだよ」
「そう。まあ、いいや」
当人を前にして、おまえの事を考えていた、なんて事は言えない。
「それよりさ、ちょっと付き合ってくれ」
「ん?」
何か…企んでるな。
「雪が積もるの、ずっと待ってたんだよ。穴場だからな、誰にも言うなよ」
「穴場つっても、校内だろ。みんな知ってるんじゃないか」
「それがさぁ、そうでもないんだな〜」
時間がないから急いでくれと、藤真に腕を引っ張られ連れてこられたところは、バスケ部がいつも使う体育館とは反対側にある裏庭だった。
特別教室の棟の裏にあたるここは、人気がなく、積もった雪は踏みしめられる事なく、真っ白なまま残っている。
「ここかぁ、キレイに残ってるな」
「だろ? 誰にも言うなよ、花形」
そう言って藤真は真新しい雪の上を歩き始めた。
嬉しいのか、一歩一歩大事そうに足跡をつけながら歩いている。
「俺さー、誰も歩いてない雪の上歩くの、好きなんだよなぁー」
知ってるよ。去年もそんな事を言って、雪の降る中を走り出しただろう。
寒いのは苦手なはずなのに、雪が降るといつもそわそわしている。
歩いた後は、素手で雪を集め、器用にころころと転がし始めた。雪だるまを作るらしい。
手際良く仕上げた雪だるまに、この時の為に用意していたのだろう、上着のポケットから紙を出し、雪だるまの背中に貼りつけている。
「これ、俺な」
向き直った藤真は、そう言ってつんと上向き加減の得意顔を見せてくれた。
その顔、俺は好きだ。
言えないけれど、大好きだよ。
「花形っ! 何ぼーっとしてんだよ」
名前を呼ばれ、じっと見とれていた事に気がついた。
「なんでもない。ちょっと待ってろ」
見とれていた気恥ずかしさを隠す為、同じように雪だるまを作り始めた。
時間がないから適当に、だけど、少し大きな雪だるまを作りあげ、横に置いてやった。
「これは、俺」
「お前って、ヤなヤツだよなー」
「そうか?」
「そんなに俺の背の低さを強調したい訳?」
「いや、そんなつもりはない。悪かった…」
「い〜や、許さん!」
素手で雪を触っていた為にすっかり冷たくなってしまった両手で顔を挟み込んでくる。
「藤真っ! 冷たいだろ」
「お前が悪いんだよ」
「だからってなぁ〜」
「いいじゃんか、暖めさせてくれたって。減るもんじゃなし」
「冷たいから、ダメ」
やっと引き剥がした藤真は口を尖らせている。
そんな顔も可愛いなんて言ったら、怒るだろうな、お前は。
「花形は冷たい」
「そりゃ、どうも。そろそろ時間だから、教室に戻るぞ」
「はいはい」
「はい、は…」
「一回だけってか」
「そうだ」
「はいはい、よ〜く分かりました!」
「だから、藤真…」
「お先、花形!」
突然走り出した藤真に、咄嗟には反応できなかった。
「あ、こら、待てよっ!」
「やだよ〜」
遠ざかる背中にいつも以上に眩しい陽射しを受けながら、遠めに見てもその柔らかさが見て取れる髪がさらさらと揺れている。
ああ、あの髪も好きだと、そんな事を思った時、藤真の背中が見えなくなってしまった。
泣いている事に気がついて、藤真を追いかけるのを止めた。泣き顔なんて、バカらしくって、見せられる訳がなかったから。
意地っぱりで負けず嫌いで、少し素直じゃないところもあるけれど、真っ直ぐなヤツ。
何に対しても一生懸命で、前しか見えなくなる危なっかしいヤツ。
だけど…、いや、だからこそ。
これ以上、負担になるような事を増やす訳にはいかないから、好きだと自覚した瞬間から、自分の中に生まれた熱は押さえ込むことに決めた。
それなのに、自分で決めた事なのに、どうしてこんなにつらいんだろう。
言えない事が、こんなにつらいなんて。
それでも…。
好きなんだよ、藤真…