長い夜



手には水で絞ったらしいタオルを持ち、腰にはバスタオルを巻いただけの姿で藤真は花形の待つ寝室へ入ってきた。
冷たいタオルで顔を拭きながら暑いを連発しているその声は心もとなく、花形が懸念していたとおり、いっもよりも長湯していたせいで藤真は上せたらしい。
「大丈夫か?」
藤真は花形のその声にまるで引かれるようにベッドへうつ伏せに倒れこんだ。
気だるそうに息を吐きながら、
「はぁ〜、かなぁ…ぼぉ〜っとしてるし、くらくらしてるし……」
そう言いながら、上せた熱い身体にシーツの冷たさが心地よかったのだろう、頬ずりをしている。
よく見ると髪はまだ濡れていて、水がぽたぽたと滴り落ちている。
長湯をした後の藤真は、とにかく早く横になりたがって、髪は適当にしか拭いてこない。シーツが濡れるからと何度も注意をしたが、藤真自身は気にならないらしい。
今では小さな事だからと嗜める事を諦めた花形は手近にあったタオルを掴み、藤真の横に座って髪を拭き始めた。
拭くと言っても、癖のない柔らかい髪をタオルに包ませて軽く絞るようにしてやるだけである。
藤真の背中は、上気しているせいでやや赤みを帯びていてしっとりと汗ばんでいる。
髪を拭いてやりながら、背中も軽く拭いてやると、
「悪いね〜いつも…」
「よく言うよ、悪いなんて思ってないだろうに」
「そんな事ないよ〜…、だって気持ち良ぃ……」
瞼を閉じたまま気持ち良さそうな声音で言われても、本当に悪いと思っているのかどうか疑問であるが、花形にはどちらでも良かった。
タオル越しに落ち着いてきているのが判って、きっと今の藤真はふわりふわりと揺り篭にでもゆられている気分なのだろうと思われて、花形を穏やかな気持ちにさせてくれる。
ほどよく筋肉のついた背中の中心から肩甲骨のあたりへと、直接手で触れて撫でてみた。
汗はひいてもまだ暖かい肌に触れる花形の手の平の冷たさに最初は身体を震わせた藤真も、そのうちに慣れて気にならなくなったのか、合間に深呼吸をするだけで、そのまま花形の手に背中をあずける様に撫でられるままになっている。
時折、花形の指先に脇腹を軽くつつかれたりしても、小さく声をたてて笑うだけで本当に気持ち良さそうにしている。
ふと、先週、藤真の背中の真ん中辺りにつけた痕が消えかかっているのに気が付いた。
花形は指先でその痕を円を描くように撫でた後、藤真の腰にまだ巻かれていたバスタオルを取り払いそのまま覆いかぶさっていった。
耳元へ近づいて、
「続き、しようか?」
返事の変わりに身体を仰向けにさせた藤真は、ようやくとろんとした瞼を開けた。
「なんだ、まだパジャマのままじゃん。花形ってさぁ、雰囲気作るのヘタだよねぇ…」
くすくす笑いながらそんな事を言っている。
長湯をしている相手を待つのはどれだけ根気が要ることなのか、きっと藤真には判らない。
鼻先を摘んで仕返しをした後、自分でパジャマのボタンを外し始めると、いつもそうしているように藤真の手が伸びてくる。
「ああ、そうだね、はい」
顔を少し近づけてやる。
藤真は花形の眼鏡を外し、丁寧にたたんだ後、ベッド横にあるテーブルの上に眼鏡をそっと置いた。


―――誰にも花形の眼鏡を外させないから。俺だけだ。判ったな。覚えとけよ。

誰もいない放課後の部室で、突然の告白。
ロッカーに凭れていた花形の胸の辺りを指差して、幾分頬を赤らめながらまるで怒ったように言い切った藤真に、多少は面食らいながらもすぐにその言葉の意味に気が付いた。
それなのに何も言えなくて、もどかしい言葉の代わりに抱きしめてしまった事、腕の中で憎まれ口を叩きまくっていた藤真の身体が少し震えているのが伝わってきて、どうして良いのか判らなかったあの頃。


テーブルへと伸ばした藤真の腕をみながら、まだ幼い残り香のようなふたりの恋の始まりを思い出していた花形は、首に回された腕にやや強引に顔を向けさせられ、
「何考えてんだよ。他の事は何も考えないで…」
それ以上は言わせないように少し長い目のキスをして。
軽く離れたときに、
「俺も考え事やめるから、藤真もお喋りはやめるように」
何か文句の一つも飛んでくるかと思ったら、口は尖らせてはいるが、ゆっくり瞼を閉じて待っている。
藤真の首の下へ両手を差し込んで持ち上げ、少し仰け反らせた首筋に顔を埋めていく。
唇で軽く撫でるように触れながら、
「今日はやけに素直だね。また熱くなるよ。白旗上げるなら今のうちに…」
「おじゃべり…なのはお前の…方じゃん…あ…あ、くすぐったいから…」
鎖骨のあたりまで唇をずらして、そうして吸い上げる。紅い痕をつけて、いくつも。
目の端で捉えた藤真は、甘い吐息を零し始めている。

突然の告白から、もう何度も抱きしめた身体。
それでもなお尽きることのない愛おしさに、花形はいっそう強く藤真を抱きしめた。

夜は、まだ始まったばかり―――