『はい、花形です。ただいま留守にしております。ピーとなったらお名前とご用件をお話しください』
「ああ、花形。俺、藤真。今、東京駅にいるんだけど、これから新幹線に乗るから。え〜と、15時7分発で京都駅には…17時46分に着く事になってる。 急で悪いけど、京都駅のホームでいいから、会いたい。 急で、ごめんな」
東京駅の新幹線のホームから、京都の花形のアパートへ電話を入れた。
留守だったらしく、メッセージだけを残して電話を切り、発車ベルの鳴り始めた新幹線に飛び乗った。15時7分発。京都駅へは17時46分に着くことになっている。帰りは、そのままとんぼ返りすればいい。
京都の大学を選んだ花形とは、電話でさえろくに話しができないでいる。
前に会ったのは八月の俺の誕生日の時だった。 お盆の為に部活が休みだったのと、花形が帰省で帰ってきていたおかげで何とか会えたけれど。
ずっと悩んでいて。
花形に“おめでとう”を言いたいからって無理を押し通すのは良くないと、自分を納得させてきた。お互いに何かと忙しく、一年生と言う事もあってか雑事も多く、おまけに花形はアルバイトまで始めている。 電話で声を聞く事さえままならない状況だ。
簡単には会えない距離だから簡単にすませなければいけない、電話で伝えられるだけでも本当は恵まれていると、何度も何度も自分に言い聞かせてきた。けれども…。
どうしても会いたかった。会って直接言いたかった。
運良く窓側の席がとれたおかげで、あまり退屈しなくてすみそうだ…。車内販売でサンドイッチとコーヒーだけを買い、殆ど目にとまることなく過ぎていく景色をぼんやりと眺めながら食べ始める。
これから何時間後には花形に会えるかと思うと、ひとりで食べる味気なさもあまり気にならない。
(どうしてるだろう…。 早く、会いたい…)
ちょうど一年前、同じ大学へ行くものとばかり思っていた俺は、花形から聞かされたその言葉に、何を言えば良いのかわからなかった。
「京都の大学へ行く。 同じところへは行けない。 すまない…」
約束をしていた訳ではなかったけれど、いつからか同じ大学へ進むことしか頭になくて。
そんな俺のバカみたいな思い込みに、花形は随分悩んでいたらしい。
「しっかり親孝行しろよ。 俺は大丈夫だから」
やっと言えた言葉に、少しだけの笑顔で頷いてくれた花形の顔は、きっと忘れない。
離れていても、何時も藤真の事を想っている。考えているから。会いたくなれば何時だって会える距離にいるから。声が聞きたくなれば電話をすればいいから
卒業式の後、そう言いながら抱きしめてくれた花形の腕の中で、離れてしまうと言う事を初めて実感した。これから先、花形はいない。自分は一人なんだと言い聞かせるしかなく。
大学生活は考えていた以上に忙しく、会えない淋しさに身動きがとれなくなってしまうかもしれないと思っていたけれど、それは取り越し苦労だった。 大学の寮に入っているせいもあって、花形の声を聞くことはなくても何とかやってこれている。。
それでも、時々ぽっかりとあいてしまう時間を持て余してしまうのは、もう…どうしようもなかった。
名古屋を過ぎた辺りで、もう一度だけ花形のアパートへ電話をいれた。連絡はとれないままだ。
突然の行動だから、約束をしていた訳でもないから、花形と連絡がとれなくても、それは仕方のない事だと思っている。 ただ、心の何処かで、花形にならきっと伝わっていると、そう信じている自分がいる。 会いたい気持ちは二人とも同じだから。
時間を確かめてみれば、後少しで京都駅に着く。
だんだんと近づくにつれ、落ちつかなくなってくる。 じっと座っていることもできず、仕方なく早めに出口に立つ事にした。
新幹線は京都駅のホームへ入っていく。
ドアの小さな窓からホームに目をやるが、花形は――見えない。
ようやく到着し、ホームへ降り立つが、普通の人よりは頭一つ飛び出ている長身を探し出す事はできなかった。
やがてホームは、潮が引くように静かになっていった。
自分と同じように誰かを待っていた人達は、現れた待ち人と立ち去っていく。そんな光景を見ていると、一人で残されていく不安がどんなに押さえ込もうと頑張っても、後から後から沸いてくる。
突然、あんな時間にメッセージを入れただけで新幹線に飛び乗ってきたのが良くなかったのは分かっている。 会いたい気持ちに逆らえずにここまで来たけれど…。
考えてみれば、花形は、自分が知らない何ヶ月かをすでに過ごしている訳で、自分の知らない新しい友人達と今日を祝っているかもしれない。 アルバイトだって入っているかもしれない。
たとえば、自分の知らない誰かと二人で会っていて、ひょっとしたら、メッセージは聞かれないまま、今もまだ待ち続けているだけかもしれない……。
一時間が過ぎた。待っていられるのは、後……。
やはり、留守電にメッセージを入れただけで会いに来るのは無謀だったのだ。
仕方なく、帰るために隣のホームへ移ろうと階段を降りかけた時、
「藤真っ!」
聞きなれた懐かしい声が聞こえた。
何処から聞こえたのか咄嗟には理解できず、思わず辺りを見渡した時、
「藤真っ、こっちだっ!」
もう一度名前を呼ばれ、よく見れば階段の下にいた。
「花形っ!!!」
思わず叫んでしまい、慌てて口をつぐんだが聞こえたらしい。
「聞こえてるよ」
込み上げてくる嬉しさに動く事ができず、笑いながら上がってくる花形を見ている事しかできなかった。
「ごめんな、急に来ちゃって…。 会いたいと思ったら我慢できなくて…」
「謝るなよ。 俺は嬉しい。 それより遅くなってすまなかったな」
メッセージを聞いて、アパートをすぐに飛び出したものの、途中で渋滞に巻き込まれていたらしい。 間に合わなかった事を詫びる花形に、やはり無理強いしてしまったと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
すぐ近くの喫茶店に入ったけれど、帰りの新幹線の時間が近づいてきている為、落ちついて話しをする事はできなかった。
喫茶店を出て、ホームへ戻ろうとした時、花形に、
「あ、ちょっとこっちに来て。 ここに寄ろう」
そう言われて連れて来られた所は、証明写真を撮るボックスだった。
「なに、これ?」
「記念撮影だよ」
「記念…て」
急かす花形に背中を押され、ボックスの中へ入ったが、あまりの狭さに身動きがとれない。
文句の一つでも言ってやろうと開いた唇は、「やっと、二人きりになれた」と、そんな囁きとともに近づいてきた花形の唇に塞がれてしまった。
久しぶりに触れた花形の温もりは、自分が覚えている大好きなもの。 泣きたくなる程の愛しさが心の中を満たしていく。
少しだけ離れた花形に、
「俺…、また言い忘れるところだった。 誕生日、おめでとう…」
「ありがとう。 そんな顔するな。 なっ」
「だっ…て…」
頬に当てた手を引き寄せ指先にキスをくれる花形を見ていると、たまらなくなってくる。
僅かな間にも何度も吐息を絡ませ、時間がないのは分かってはいるが、離れたくないと胸にしがみ付く事しかできなくて。
「今度、いつ会える?」
「来月だ。 来月は、必ず帰るから。 その時に会おうな」
「ほんとに? ほんとに会えるんだよな?」
「ああ、大丈夫だ。 必ず帰るから」
約束だからと、最後にもう一度だけ小さなキスを強請る。
「今度来る時は、一泊くらいの予定で来いよ」
「うん…。 今日は、無理言ってごめん」
「謝るなって。 藤真に会えて嬉しかったんだから」
発車を知らせるベルがなる。 時刻表を確かめて、もう一度お互いの顔を見て。
「気をつけて」
「花形も。 風邪なんて引くなよ」
「藤真もだろ…」
最後に軽く手を握り締め、離した時にドアが閉まった。
花形が何か言ったようだが声は聞こえなかった。 けれど、口の動きでそれがわかった。
『好きだよ』
「花形……俺だって、こんなに…」
手を振る花形に手を振って応え、見えなくなってしまった後もまだ手を振っていて…。
会えない淋しさに押し潰されてしまわないように、花形からの言葉を心に焼き付ける。
会えますように。
どうか、きっとまた会えますように。