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もしも、やりなおせるとしたら……




 久しぶりに予定のない休み。
 目が覚めたのは、もう昼が近い時間だった。

 遅い朝食をとった後、布団を干して、男一人が住むのには充分な広さの部屋に軽く掃除機をかけた。 昼間は留守だし、居たとしてもそんなに散らかすような事をする訳でもない。
単身者用のワンルームマンションは、機能的な作りのおかげであまり手間がかからない。
便利だと思う反面、こんな何も不便の感じない部屋に何故居るのか、分からなくなってくる事がある。

 そんなに時間をかけることなく休みの日の仕事を終えると、折角の予定の入っていない
休みだからと、普段は出来ない買い物に出かけることにした。
 マンションを出て駅に向かう途中にある商店街では、クリスマス・イヴと言う事もあって、かなりな人出だ。 スーパーの前や小さなケーキ屋の店頭では、山と積まれたクリスマス・ケーキを売るために、売り子さんが必死になって道行く人達に声をかけている。

 商店街を抜け、目と鼻の先にある駅まではすぐだ。
 運良くホームに入ってきた電車に乗り、地下鉄を乗り継ぎ、目的の駅で降りる。 目的の店までは歩いて20分と言うところか…。
 時間は充分にあるから、明日で終わるクリスマスのディスプレイを眺めながら、ゆっくり歩いていくことにした。
 どの店にもツリーが飾られてある。 そう言えば、以前にもらった小さなクリスマス・ツリーが、まだ部屋の中にある事を思い出した。 今のマンションに引っ越す時、思い出になりそうな物はすべて処分するつもりだったけれど、あれだけは捨てられなかった。 ダンボール箱に仕舞い込んだままで出す事がなかったから、思い出す事もなかった。 ずっと…。
 忘れていた記憶が、少しずつ甦ってくる。


 どおってことのない普通のカントリー雑貨店だったその店では、店にある生地でパジャマをオーダーメードしてくれると言う、他の店にはないサービスがあった。 後で聞けば、オーナーの趣味だったらしい。
 197cmに合う服がないと、よく零していた。 パジャマも例外ではなく、そうそうあるもんじゃなかったらしい。 それならばと、少し予算オーバーだったけれど、アイツへのクリスマス・プレゼントとして注文したのだった。 商品を受け取る時に、おまけと言ってオーナーがくれた小さなクリスマス・ツリーは、あの頃の男二人の殺風景だった部屋にとって、唯一色のついた飾りだった。
 随分と喜んでくれていた顔を思い出す。 あの頃は、まだ、色々な事に素直でいられた。


 ぼんやりと思い出しながら歩いていくと目的の店に着いた。
 紅茶専門店のここへは、この店でしか入手できない種類のものを購入するために、大学生の頃から良く通っていた。 最近では、専門店であれば何処ででも入手可能な種類のそれは、酒類に弱く、大学生になる頃には少しは飲めるようにはなっても美味しいとは思えなかった自分が今でも好んで飲んでいるものだ。

 軽く触れると開く自動ドアを通りぬけ、店の中へはいっていく。
 普段はもっと静かで落ちついた雰囲気の店なのに、今日はさすがに混んでいる。
 奥を覗くと、カウンター席が空いているのが見えたので、買い物は後でする事にして、紅茶を飲む事にした。
 期間限定のケーキ・セットを注文する。待っている間は、何時ものようにカウンター前の壁にあるカップボードを眺めている。 いったい何客あるんだろうかと数えたくなる程のティーカップのコレクションは、来る度に増えていて何時も驚かされてばかりだ。
 ここのカップボードを見ていると、いずれは集めようと思えてくるのだけれど、実行されたためしはなかった。 
 10分程で運ばれてきたケーキ・セットをさくさくと食べ、欲しかった種類の紅茶を買い、さっさと店から出ることにした。
 今日は、何時もよりアイツの事を思い出してしまう。
 辛い思い出ばかりではなく、楽しい事も沢山あったはずなのに、頭の中に浮かぶ面影は優しい笑顔ばかりではない。 冷たい無表情な顔も覚えている。 

 まだ帰ってしまうには早い時間だったが、もう戻ることにした。雑踏の中を流れに逆らわずに駅まで歩くのは時間がかかるものだと思い知らされるほどの人出だ。
 途中で本屋へ寄ったが、落ちついて本を探す事が出来ずに、早々と出てきてしまった。
 マンションの近くにあるコンビニで晩御飯になるものを購入し、やっと部屋に辿りついた。

 狭い玄関に入り明かりのスイッチをいれる。
 コートを脱いで玄関先に置き、買って来た新しい紅茶を飲むためにお湯を沸かし始める。
 その間に電話を調べると、メッセージが一件入っている。どうせ、同僚達からのクリスマス・パーティの誘いだろうと思いながらも無視する事もできず、再生のボタンを押す。


『あ――と、俺だ、牧だ。 明日、皆集まってバカ騒ぎしようって言ってる。時間があいてるなら藤真も来ないか? 場所は、俺の家だから。 あ、それからな、正月は仙道は実家へ帰って、俺は一人なんだよ。酒でも飲むか? 連絡、待ってるから。 』


 自分達の関係を知っている唯一の友人からのメッセージを背中で聞きながら、ポットにお湯をいれ、一人分の紅茶の準備をする。
 一人でいるのが辛くなるような時期には、決まって電話をかけてきてくれる。 何時も自分の事を気にかけてくれている友人には申し訳ないが、どうしても一人でいることを選んでしまう。 一人の方が気楽だと思っている自分がいるから、どうしようもない。
 心配をかけさせないために必要な事を先に片付けることにした。

『…ああ、親父。 俺、健司だよ。 うん…、正月はそっちに帰るから。 え〜と、31日には行くから。 掃除とかあるんだろ? 手伝うからな。 じゃ、その時に…』


 やっと落ちついて紅茶が飲める。
 FMラジオをボリュームを落としてつける。 心地よい音楽を聴きながら、背中をベッドに凭れかけさせ、両手でカップを持ちながらゆっくりと飲む。
 一口飲んでは、ため息をひとつつく。


 お互いに、相手しか見えないほどに恋をした。
 一番近くにいて、一番分かり合えると、二人ともそう信じて疑わないほどに溺れた。
 男同士だとか、そんな事はふたりには障害でもなんでもなかった。
 だけど、何時からだろう…、一番分かり合えるはずの心がすれ違い始めたのは…。
 相手を想うあまりに、何も言えなくなってしまって。 ぶつかる事も、ぶつける事も、壊す事もできずに、じっと息を潜めて、相手の顔色ばかりをうかがう毎日。 笑顔を向ける事も、最後には憎しみあう事さえできなかった。
 そんな関係に先に耐えられなくなったのは、いったいどっちだったろう。



  なぁ、花形…、おまえ、今、何処にいる? 何処で何してる? 元気にしてる?
  俺は、元気にしてる…、まだ、バスケ続けてるよ
  俺達、なんで別れなきゃいけなかったんだろうな
  あの頃ってさ、一日だって離れていられないくらいだったのに…
  何時だって、どんな時でも一緒にいたのに
  俺達、近すぎたのかな
  おまえと離れて、もうどれくらいたったろう…
  俺は、今でもおまえの事、好きだよ、大好きだよ




   もし…、また会えるときがあるなら…