休日



 吹く風の中に、色も匂いも薄くなってきているのを感じる。
 もう、秋も終わる。
 やがて、肌を晒す事を躊躇わせる程に冷たい空気が満ちた 冬がはじまる。


 思ったよりも冷たい風が吹いている日は、外に出るのが億劫で、部屋の中に陽の射す場所を見つけては寝ころがっている。
 床に毛布を敷き、枕を抱え、暖かな陽射しに包まれて眠る一時。
 時間の流れを忘れてしまう程の贅沢な空間。


 時折耳に入ってくるのは、見るつもりもないのに点けっぱなしになっているテレビの音。
(消せばいいのに…) 
 言うつもりもない事を考えてみる。
 考え始めたら、少しずつ意識がはっきりしてきた。
 それなのに、世界が何となく薄暗い。
(な…に?)
 ゆっくり目をあけて、すぐ目の前にあるものを押し上げた。

「あぁ、目が覚めたか?」
「本……、読んでるんですか?」
「うん、暇だったからな」

 柔らかく話す牧の声を聞きながら、膝枕をしてもらっているのに気がついた。
 寝転がってうとうとし始めた頃は、彼はまだキッチンに立っていたはず。
(あぁ、そうか…。用事が終わったから…)

「顔の上に落とさないで下さいね。何の…本ですか?」
「ピーターラビットの英語版だ」
「ピーターラビット…ですか。どうして絵本なんか…を?」
「実家に帰ったときに、たまたまあったから持ってきただけだ。可笑しいか?」
「別に、可笑しくないです」

 絵本を読んでいるなんて、きっと、自分だけしか知らない。
 素直に認める。そんな小さな事が、嬉しい。

「俺、どれくらい寝てました?」
「あ〜と、一時間てとこだ」

 一時間くらいでは、まだ足りない…かな。
 思いきり欠伸をすると、少し悲鳴を上げる身体。
 けれど、不愉快ではない。
 牧が自分を求めてくれる。応える自分がいる。そうして、満たされていく心がある。

 もう少し寝ていたくて、少しだけ寝返りを打つ。身体は、まだ悲鳴を上げている。
 牧は本を読むのを止め、静かに仙道の髪をすいている。

「なあ、仙道、何処か行くか…」
「牧さん、昨日の約束、忘れました? 昼寝させてくれるって言ったから、朝まで付き合ったのに…」
「そう…だったな」
「俺、もう身体ガタガタです。 腰なんて…」
「はいはい、悪かったから。もう、分かったから…」

 きっと、バツの悪そうな顔をして、横でも向いて頭をかいているだろう牧を思い浮かべ、明け方の事を思い出してみる。
 離して欲しいと、どんなに懇願しても解放してもらえず、薄れていく意識の中で、僅かに見上げた先にあるカーテンの隙間から、うすく夜が明けて行くのが見えた。

 意識を手放した後、そのまま眠り込んでしまい、朝食を取ったのは、もう昼が近い時間だった。
 いつにもまして激しく求めてくる牧に応えていたのは自分だけれど、少しはわがままな事も言ってみたい。

「仙道…、ここじゃ、背中が痛いだろ? ベッドへ行くか?」
「良いです、ここで。 俺、ここ好きですから。 それに……」
「ん?」
「ベッドへ行ったら、牧さん、しがみついてくるから。 俺、もう相手できないですよ…」
「あ…あのなぁ。 そんな事…、する訳がないだろ」
「そうですか? 信じられないですね。 今まで、どれだけ約束破られ…」
「あ〜、分かったから。 もう、分かったよ」

 クスクス笑いながら、心地よい眠りに落ちていく。
 ぶすっとした声の後にため息をついている牧を背中に感じながら、こんな風に牧と一緒に過ごせる時間が、仙道は、たまらなく好きだった。
 穏やかに過ぎていく時間の中を、たった二人だけで流れていく。

 牧の手が、優しく仙道の髪をすいていく。

 くしゅ

 仙道が小さなくしゃみをした。
 牧は、用意していた毛布を静かに掛けてやる。


 外は、日が暮れ始めていた。