X'mas Kiss



 少し飲み過ぎた夜は、喉の渇きに我慢できなくて、何度か夜中に目が覚めてしまう。
 今夜もそんな夜だ。
 ミネラルウォーターでも飲もうと、牧を起こさないようにそっと腕を離し身を起こした。
 何か羽織るものをと思い、手近にあったシャツをとり腕をとおすが、エアコンのタイマーが切れてから随分時間が経っているからだろう。空気の冷たさに思わず震えてしまいそうになる。

 しんと冷えた静かな夜。
 耳を澄ませば、何も聞こえないはずの暗がりの中に微かに何かの音が聞こえる。
 カーテンを開け目を凝らせば、雪が降っているのが見えた。

   ああ、雪…。 寒いはずだ、こんなに降ってれば…。
   積もるかな。 もし積もったら、雪だるまでも作ろうか…な。

「ねぇ、牧さん…」
 振りかえり、起こすつもりのない小さな声をかけてみる。
 少しだけ身じろぎをした牧を見ていると、口元にしらずに笑みが浮かんでくる。
 心の中に温かいものが流れ込んでくるのを感じる。
 去年のイヴは、ひとりではなかったけれど、誰かが側にいたけれど、たくさんの人に囲まれてはいたけれど、ひとりぼっちだった事を覚えている。
 もうずっと長い間、そんな時間を過ごしている。
「牧さんは、去年は誰と一緒でした?」


 イヴの夜を一緒に過ごそうと牧から誘われたのは先週だった。


  『なぁ、仙道…。え〜と、イヴの予定なんだが、空いてるか?』
  『牧さ〜ん、そんな事、聞かなくても空けてますよ』
  『いや、ほら、お前も他に付き合いとかがあるだろ』
  『大丈夫です。 全部、断りましたから。 それより、牧さんは?』
  『俺は、いつだって空けてる。 いや…、空いてる、か』
   その言い方が可笑しくて思わず吹き出してしまった。
  『おまえなぁ…』
  『すいませんでした。じゃ、イヴの夜は牧さんをひとり占めしていいんですね?』
  『そう言う事だ』


 そのつもりで時間を空けているのに、、特別な日には今でも律儀に確認を取ってくる。
 普段はあまり回りの事を気にすることはない彼だが、恋人としてのイベントの過ごし方にはまだ慣れていないらしい。
 けれど、それで良いと思っている。 どんなに時間がかかっても、それが二人に合う早さなら流れに逆らわずに身を任せていけば良い。

 手を伸ばして牧の髪に触れてみる。頬に触れてみる。首筋から肩に手を滑らせながら、羨望の対象になる程の引き締まった褐色の肌に触れてみる。 唇にも、そっと指で触れてみる。
「俺がどんなに牧さんの事が好きか、きっとね、分かってないと思う…」 

 このまま、ずっと続けられる関係だとは思ってはいない。 いつかは別れる日がくるだろう。離れなければいけない日もくるだろう。
 遊びと割りきった関係ならば、相手に言わせるか自分から切り出すかの違いだけで、「さよなら」なんて言葉は簡単に使える。容易い事だ。
 けれど…
 いつか必ずやってくるその時に、自分は牧の手を離せるだろうか…。


「ねぇ、牧さん…」
声が届いたのか、うっすらと目を開け、
「…どうした?」
 返事をする牧は、まだ夢の中なのだろう、何時もの穏やかで落ちついた声だけれど、少し掠れている。
「外ね、雪、降ってます。 目が覚めたら、ホワイト・クリスマスになってますよ」
「そうか…」
「起きたら、雪だるま作りましょうね…」
「ああ、いいな…」
 手を伸ばし頬に触れ、掠れた声で返事をし、柔らかく話す仙道の顔を静かに見つめてくる。
「仙道…おまえ…」
「なんですか?」
「また、そんな顔して…」
「え…」
 仙道の身体を引き寄せて、自分の胸に抱きしめる。その背中をポンポンと幼い子をあやす様に軽く叩きながら、
「また、そんな泣きそうな顔をして…。安心しろ、俺はここにいるから。何処へも、いかないから…」
「牧さん…」
 仙道の手を取り、指先に軽くくちづけを落とし、大事なものをまもるようにその手を握り締めてくる。
 伝えられる鼓動の温かさに、冷たく凍えていたものが溶かされていくようだ。
 何かを飲みに行こうと思っていたけれど、もうどうでもよくなってきた。 このまま牧から伝わる温かさを感じていたい。
 不器用な程に真っ直ぐな心で、欲しい時に欲しいだけの優しい言葉と温かい手をくれる。
 今は、それだけで充分だ。

「身体、冷えてしまったな…」
「大丈夫ですよ。 牧さん、あったかいから。 おやすみなさい」
 牧の唇に軽く触れるだけのキスをして、もぞもぞと毛布の中へ潜り込むことにした。

 今夜は、いい夢がみれそうだ…