三洲は必要書類をトントンと揃え、クリアファイルに差し入れながら、
「大路、これから剣道部に行ってくる。修繕箇所の確認してくるよ」
「そんなこと、、わざわざ三洲が行かなくても誰か他の…」
生徒会室を見回し、すでに出かける準備を整えている三洲に声をかけるが、
「大路は書記が起こした原稿に目を通しておいてくれ。気なるところにはチェックを頼むよ」
「…了解」
軽く手を振って出ていく三洲の背中を見つめる大路は、小さくため息をついた。
三月十四日。
渡り廊下から校舎をでて、まだ雪の残る中を剣道部道場まで三洲は向かった。
コートを羽織ってきたけれど、春の芽吹きを最近になって見つけてみたはものの、暖かくなるにはまだ少し遠い。
頬を時折撫でる風も、やはり温かみを感じさせてはくれないけれど、三洲はいつになく気持ちがほんのり暖かくなってきていることを知っていた。
らしくない事をしようとしている。
その事を三洲を知る人達が知れば、きっと驚かれるだろう事が予想できる。
けれど、誰も気づくことはない。
そう思うと、知らずに笑みが零れる。
巻き込まれるのは本意ではない。
何時だって一歩引いたところから見渡し、頃合いを見図りそうして中心にいて、実はほんの触りだけで楽しむ。
それがいつものスタンスだ。
けれど、今日は。今日だけは少し違う。
いいじゃないか、何かに意味を持たせたって
俺にだって…
心はあるんだからと、やっぱりこれも、らしくなく言い訳している自分がいる。
何故か、ひどく心地良いと思ってしまったのだ。
そうしたら離せなくなっていた。
元来、一人の空間を好むのに。一人っ子で育ったせいもあるだろう。一人できちんと立っていたい性分のはずであるのに。
声が。
手が。
腕の中が。
離せなくなった事に気がついた時、自分がこんなにも一つの事に執着する事があるんだと、自身の事なのに驚いてしまった。
だから、一度くらいらしくない事をしてみても良いかと思ったのだ。
ぐるっと見渡した部室の傷み具合を真行寺から聞いて、修繕箇所を確かめる。
それだけで事足りることは承知していても、もう少し聞いてみたくなる。
真行寺が指し示す箇所を見ながら、その大きな手を目の端に留め置く。
武骨そうに見える手が自分の頬に触れる時の籠ったような熱さを思い出す。堰を切って今にも溢れだしそうに渦巻く恋情の熱さだ。
ほんとに真っすぐなヤツ…
心の中でそっとつぶやく。
剣道部々長と真行寺になるべく早く、できれば今日中に書類をと言い終えて、踵を返し生徒会室に戻る。
微かに真行寺のぼやく声が聞こえたが、今は無視しよう。
三洲は、役員をみんな帰らせた後の生徒会室で時間を確かめた。
部活はすでに終わっているだろう。今頃は、真行寺は書き終えた書類を持ってここへ向かっているかもしれない。
帰り支度を済ませた鞄は、今は机の上にある。
頬杖をつきながら、目を閉じる。
校舎にはもう三洲以外は残っていないはずである。
しんと静まり返った中で、こういうのも悪くないなと誰に言うでなく声に出してみた。
その時。
静かな校舎にほんの微かだった足音が響き、だんだん近づいてきている。
やっと来たか
ブレザーの胸ポケットに手をやり、もう一度確かめる。
無くなるはずもないのに確かめてしまうなんて、やっぱりらしくないなと苦い笑いが口元に浮かぶ。
小さくコトンと音がして、三洲はゆっくりと立ち上がり入口に向かう。
ドアを開け、今夜は気を利かせて立ち去っていく背中に。
「なんだ、真行寺か…」
振り向いた真行寺がぺこりと頭を下げる。
らしくない事をしようとしているけれど、本音の本心は伝えない。
まだ早い。
もっと。
もっと追いかけてこいよ真行寺。
俺だけを追いかけて来い。
真行寺×三洲。というより、原作『まい・ふぁにぃ・ばれんたいん』の三洲のお話です。
6月19日