手帳の栞はきみのメモ 


- 恋せよ少年達 -


 長くて短かったGWも終わり、寮内はいつもの賑わいに戻っていた。
 そんな夜も更けた頃、人も疎らになった談話室には真行寺と駒沢の姿があった。
 何を話す訳でなく二人は、つけっぱなしになっているテレビを見ていた。と言うか、眺めていた。目の前のテーブルには、飲みかけのコーヒーがふたつ。時折聞こえるのはどちらかのため息ばかりと言う、おおよそ二人には似合わない雰囲気を醸し出していた。

「アラタさん…もう家に着いたかなぁ…」

 ぽつんと真行寺の声。その後にはため息が続く。

「野沢さん…無事に帰ってるかな…」

 駒沢らしからぬ、こちらもぽつんと小さな声がして、やはりため息に続く。
 そうして、二人同時にため息。

 ややあって、何を思い出したのか、真行寺は「あ…」と声をあげた。

「あのさ、駒沢」
「なんだよ…」
「昼間、麓で会ったじゃん。あの時だよ」
「おう…」
「ほら、野沢先輩がアラタさんに”ありがとう”って言ってたんだよ。どうしてか知ってる?」

 で、駒沢の方を見ると、ぽぽぽぽぽぉーーーっと紅くなっていく顔を明後日の方向に向けていた。
 思わずにやりとした真行寺は、それまでのかったるい雰囲気はどこへやら。

「何だ何だ、駒沢。良い事、あったのかー」
「ばばか言うな。な、何も、ない、から」
「何もないって、じゃあ、どうしてそんなに紅くなってんだよ」
「なってないっ」
「真っ赤じゃん、駒沢。隠すなって。あの後、良い事あったんだろ?」
「だーかーらー」
「良いって良いって、隠すな隠すな。俺もさ、昨日はさー」

 昨夜の三洲に思いを馳せる真行寺は、自分が二ヤケている事には気がつかない。

「アラタさんが、なんかスッゲー積極的でさ、俺、困っちゃったぁ」
「そうか、困って良かったな…」
「だーかーらー、駒沢も聞かせろよ」
「だーかーらー」
「だからだからじゃなくてー、野沢先輩、幸せそうだった?」
「そ、そらな…」
「良かったな、駒沢。GWに良い思い出できて」
「真行寺もだろうが」
「まね。最終日に良い思い出つうか、しっかり充電させてもらったから」
「あ、そ」
「駒沢もだろ?」
「うるさい」
「へへ」

 まだ、片想いだったろう頃から考えると、真行寺は今の三洲が信じられないくらいに素直でいてくれるのが嬉しくて堪らない。片想いの時だって、気持ちは三洲一直線だったから充実はしていた。してはいたが、やはり、一抹の寂しさ哀しさはあった。なんせ、親友が両想いの幸せ満開な恋愛をしていたから。羨ましさを感じた事は、実はちょっぴりあったりするのだ。身体だけでも開いてくれる三洲に感謝してもしきれない気持ちはあるのだけれど、一方通行の恋は切なくて苦しい。恋に落ちた瞬間から告白をしまくって、根負けした三洲に何とか受け入れて貰った。キスもして、身体も繋げられて。本当なら、そこで満足しなくてはいけないんだろうけれど、人の欲望って尽きる事がないのを痛感もさせられた。

 三洲の心が欲しい。
 三洲に好きになってもらいたい。

 そう願う毎日が、真行寺の当り前の日常だった。
 なのになのになのに。
 何時の間に願いが通じたのか判らないけれど、どうやら自分はずいぶん前から両想いだったらしい。なんてビックリ仰天な展開か。こんなに幸せでいいんだろうか。罰でもあたるんじゃないだろうか。ドッキリカメラよろしく、後で大どんでん返しでもあるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたものだ。何と言っても、あの三洲である。苛めぬかれた思い出の方が多すぎて、案外、シャレにならなかったりして。
 しかし、もう、そんな心配はしなくても良い。
 離れているのは寂しいけれど、三洲の気持ちが自分にあると思えるからやっていける。

――― あ〜あ、俺ってば幸せ…

 隣にいる駒沢を見れば、先程のからかいの為に、まだちょっと顔が紅い。気持ちの優しい男である。

「そういやさ、駒沢は野沢先輩と同室になって、すぐに好きになったんだっけ?」
「ん…良く覚えてない…、5月くらいには、もう好きだったのかな…、気がついた時には好きになってたからな…」
「早かったよな」
「真行寺には負けるけど」
「ずううっと告白しなかっただろ?辛くなかったのか?」
「んー、なんか忘れた、あの頃の事は」
「そか、言ってたもんな、他に付き合ってる人がいたって」
「…奈良先輩…。悪い人じゃない」
「だよなぁ。そう言う時って辛いよな。相手が悪い奴だったら憎めるけど、そうじゃないし」
「もう忘れた」
「駒沢も、今は幸せいっぱいだもんな」
「真行寺には負けるけど」

 そう言うなり、二人は顔を見合わせて吹き出してしまった。
 笑った事で、ため息ばかりだった先程よりは少し気持ちの浮上した真行寺と駒沢は、互いの想い人に心を馳せながら、ようやく自室に戻ることにした。