降り注ぐ雨足は柔らかく、寮までの決して長くはない時間の中を二人で歩く。
真行寺の左手が、いつの間にか肩にかけられていて。手に籠る力が、もっと寄ってと言っている。
最近、二人きりの時に交わす言葉が少ない。
あの、朝から晩まで目が回るほど忙しかった頃には、もっと積極的に話をしていたはずなのに。
認めて。
言葉にして伝えて。
受け止めて。
たったそれだけの事で、二人を包む空気が変わった。
少しばかりの戸惑いは、まだある。でも、それもいつかは自然になっていくだろう。
「アラタさんさぁ…」
「ん?」
「…今日は…身体辛くなかった?」
「今日”も”だろ。辛いに決まってるじゃないか」
「うっ…、ごめんなさい…」
「まったく。きつくしないから、とか、優しくするとか、明日に響かないようにとか」
「あ、あーーー」
「ほんとに、口先だけ真行寺だな」
「…なにも言えないっす…」
「もっと自重してもらわないと。身体がもたない」
「はぁ…すいません…」
真行寺の神妙な声に、思わず笑みが零れる。
良いんだよ、別に。望んだ事だから。
声にして伝えられないモノを飲み込む。
自覚した想いを言葉にして伝えることができたのに、三洲にはそこから先には中々進めなかった。
何かが邪魔をする。喉元まで出かかった色々な言葉を、声にして伝えられない。
本音の本心を隠して、嘘で固めた人当たりの良い三洲新を演じ、ただ一人テリトリーの中に入れた真行寺には、その反動からか容赦なく辛辣にあたっていた。
極端から極端に振れていた振り子は、もうその振り幅を抑えても良いものを。
素直な気持ちを伝える術を知らない訳じゃないのに。
「アラタさん?」
「あ、ん?」
「何か、考え事してたでしょ?」
「ん…まぁな…」
「なーに考えてたっすか?」
「内緒」
「俺には言えない事?」
「それも内緒」
「ま、いっかぁ」
雨のせいで少し寒い今が、真行寺の屈託のない声で温かくなる。
その温もりで溶けていくものがあるとしたら。
まだ肩に掛けられていた真行寺の手を外し、少しだけ見上げて見る。彼も見つめ返し。
寮の玄関の明かりに急かされるように、傘に隠れてそっとキスを交わした。
きっと、紅い顔をしている。熱い頬が気恥かしくて、真行寺の背中を押して。
「お前が先に行けよ」
「うん、そうする」
「食堂で」
「ラッキー!我慢して、待ってて良かった」
「じゃ、後でな」
一足先に歩き出した真行寺の制服に、雨が静かに降り注いでいる。
どんな雨でも好きだと言っていた。濡れるのも好きだ言っていた。
どこまでも柔らかな雨に絡め取られるように、互いの心が離れて行かないでくれと。
寮の玄関を入っていく真行寺のその背中に、静かに祈る三洲だった。
秋の雨って、寒いのか冷たいのかそうでないのか、いまいち掴みどころがないと思うのです。
11月13日