親愛なる君へ



 読み終えた手紙を丁寧に封筒に戻し、制服の胸ポケットにしまいこむ。そこに手を当て真行寺は、後から後から込み上げてくる切なく温かい想いを、小さなため息をつく事で落ち着かせた。
 目を閉じて、聞こえてくる卒業生総代による答辞に耳を傾ける。その凛とした声は講堂に響きわたっていた。背筋を伸ばさずにはいられない声音。その声を必死で追いかけていた二年間があった。泣かない、強くなろうと決意したからこその二年という時間。これからも追いかけていく。いつか追いついて横に並んで歩いていけるように、いま新たに誓う。
 顔をあげ、壇上の三洲を見つめた。
 今にも溢れそうな想いは、目尻に涙となって溜まっていく。
 流れて頬を濡らしてしまう前に、そっと指で拭った。三洲が見たいと言った笑顔でいるために。






真行寺兼満様

おはよう。
そう言えば良いのだろうか。お前は、これを書いている横で、良く眠っている。俺がベッドを抜け出したことなんて、本当に気が付いていないんだな。お前らしいよ、とても。
卒業式当日は無礼講になって、きっと俺もお前も忙しいだろうからと、昨夜会ったのは正解だろう。
こうして改まって手紙を書くと言うのが初めてだと言えば、お前は驚くだろうか。思い返しても、小学校でも中学校でも貰った事なら数知れずだけれど、実は書いた事は一度もない。こんな事を言えば、お前は妬くか?ヤキモチを焼くお前の顔を見るのも、それはそれで楽しいだろうな。

どうして手紙なのか。何故、手紙でなければならなかったのか。
二年前にお前から初めて貰った、結局は突っ返したあの手紙への返事ととってもらえばいい。俺に伝えたかった事を、あの時は受け止めなかった俺からの、二年越しの返事だ。そうは言っても、読んだ訳ではないから返事になっているかどうかは怪しいけれど。
それにしてもだ。
こんなものを書こうと言う気になった事に、自分のことながら今更に驚いている。卒業と言うのは、それだけ人を感傷的にさせるらしい。伝えたいことが山ほどあるのに、どれから先に伝えれば良いか、正直判らないでいる。もしかしたら、伝えたい事って一つしかないのかもしれないとも思える。
何を、どんな風に、どの言葉を選べばいいのか。本当は判っているはずなのに、迷うのは何故か。きっと怖いのだと思う。伝えてしまって、その後に何が待っているのか確かめるのが怖い。怖くて堪らない。可笑しいだろ?
だから、笑ってくれ。お前には単に甘えていただけの俺を笑ってくれ。笑って笑って、笑い飛ばしてくれ。そうして、涙なんて見せるな。見せてくれるな。哀しまずに、お前には俺の卒業を喜んで欲しい。笑顔で送って欲しい。
何故なら、お前が落ち込んでいると俺まで落ち込むし、笑顔を見られたなら元気でいられるからだ。

一歳違いなんて、祠堂で一緒にいる時には、特に気にもしなかっただろう。俺はいなくなる訳じゃない。祠堂を卒業して出ていくだけの事だ。一年後は、また同じところに通うんだろう?噂を聞いた誰かが、そんな事は無理だと言っていてもだ。
お前自身の気持ちであるならば、追いかけてくれば良い。途中で気が変わったのなら、それは悪い事じゃない。どの道を選ぼうと、お前が決めた事なのだから。
一つだけ言っておくと、俺は待つのは嫌いだから待っているなんて言わない。それは、お前が一番良く知っているはずだ。ただ、振り向いたそこにお前がいてくれたなら、俺は嬉しい。その時がきたら、声に出して嬉しいとお前に言ってやる。

だから、今は声には出せない言葉をここに。
あの時あの場所で出会えた事、人を好きになる事に理屈などない事を教えてくれたお前に、ありがとう。
こんな俺を好きでいてくれて、ありがとう。
親愛なる真行寺へ、ありがとう。


三洲 新




三洲の卒業式の日のお話です。
6月27日