それを見つけたのは偶然だった。
生徒会長も二期目にはいると、一段と忙しくなっていた。
GWが明けると、音楽祭の準備の他にも運動部の新人戦を兼ねた招待試合等もあり、生徒会長として顔を出さなければいけないものもある。その一つが今日の剣道部である。
麓から招待した高校の剣道部は強豪として名が知られている。祠堂の主力選手の調整具合をみる目的の他にも、生徒会同士の親睦も兼ねていた。
相手校の生徒会長と軽く談笑しながら、直ぐ近くにいた試合前練習を終えた剣道部員達を時折見ていた。その中に真行寺がいたからだ。部員達と楽しげに話す真行寺は、ちょうど胴着を脱いでいるところだった。これから試合用の物に着替えるのだろう。
見慣れているはずの身体は、いつもは闇に紛れていて、思えば淡い輪郭でしか覚えていない。鍛えられ、程良く引き締まった上半身。こんな昼日中でははじめてになる。
トクンと胸の奥が跳ねた気がした。
釘づけになる。
目が離せなくなる。
あの身体が自分と熱を共有しているのかと思うと、落ち着かなくなる。ざわざわと。疼く様に。
軽く頭を振って客人に視線を向ける。それでも、気になってしまい、自然を装って真行寺を見てしまう。
そんな時だった。
真行寺が背中をこちらに向けた時、右の肩甲骨の少し上辺りに、紅く鬱血した痕を見つけたのだ。
直ぐに目を離しても、意識は真行寺の背中に向けられていた。
虫にでも刺されたのだろう。
角にぶつけたのかもしれない。
理性が実しやかな理由をつけるが、どうしてもそこに誰かの影が見えてくる。自分が知る限り、真行寺にそんな相手などいないと判っていても。
ありもしない影に舌打ちしてしまう。
あんな目立つ所に間違われても仕方がないようなものを、自分ならつけない。それは、真行寺が今日のように肌を見せる事があるから。運動部とはそういうものだろう。真行寺は気が付いていないかもしれないけれど。
ただの「カラダダケノカンケイ」と言い含め、それでも関係が続いている。
執着している訳ではない。忙しいから、一人だけしか相手にできないから。後腐れのない関係でしかないから。
真行寺がどこでだれと何をしようと、だから自分には言い募る資格はない。
資格はないと判っているのに、この咽かえるほどに込上げてくる黒い感情は何なのだろう。
もうすぐ試合が始まる。
三洲が気になるのか、真行寺が辺りを見回している。
自分を探しているのを感じて、三洲は真行寺から目を離した。
忙しくなってきて、会う機会が減ってきている自覚はあった。言葉を交わすことも、だから以前よりはずっと少なくなっている。作ろうと思えば作れていた時間はあったのに。
少しづつ少しづつ、離れていっている。
この一年考えた事もない事だけれど、現実にはそうなっている。
真行寺との間でもしも別れる事があるのなら、それは自分から切る時だけだと疑いもしなかったのに。
人の心は移ろうもの。
誰かが言っていた言葉を思い出す。
言い争いや喧嘩をすることもなく、波が静かに引いていくように離れていく。意地やプライドが邪魔をして動けないうちに、もっと離れていく。
込み上げてくる黒い感情が確かに自分の中にあるとわかっても、動けない。
真行寺に対し「カラダダケノカンケイ」と言い含め、それ以上でもそれ以下でもないと動かせないようにしていたはずなのに、気がつけば、その言葉に雁字搦めにされて動けなくなったのは自分だったのかもしれない。
団体戦の、次が真行寺の番だ。
背筋を伸ばして、立ち上がる背を見つめる。
いつか真行寺には偽りでないものを見せても良いと思っていた。素直になれない自分の、あれは精一杯の言葉だったのだと。
真行寺の背だけを。
自分はちゃんと微笑んでいるだろうか。
真行寺×三洲。5月の終わりくらいの頃でしょうか。「すれ違いの7月」はもうすぐです(^^)
8月10日