来週に文化祭を控えた講堂は、通し稽古の真っ最中である。
生徒会長として見に来ただけの、そんな理由を意に介さない野沢に半ば無理やりに連れてこられた舞台裏の奥で、真行寺の演技を見つめた。
彼らしい凛とした声が響き渡っていた。知らずに聞き入ってしまう。いつだってそうだった。
嘘のない真摯な声が紡ぐ言葉は、それが演技としてのものと理解をしているのに、心の奥の琴線に触れては静かに満ちていく。
受け入れ難く離れても、手放せない心が理性を越えて真行寺を捕まえる。捕まえてみたはものの、手に余ってしまうと一度でも思ってしまうと、途端に悪い癖が出る。切り離す事しか考えられなくなる。切り離すこと、離れる事、別れる事。どんなに非難されようと、真行寺を傷つけると判っていても、自分の事だけで手一杯になってしまうのだ。
真行寺と出会わなければ…。
行き着く先のない堂々巡りの考えでは、出る答えなどたかが知れている。
出会っていなければ自分が描いた通りの人生なのに、出会ったばかりに掻き乱されてばかりで。でも、それだって良かったと思っているのが本音だ。
こんなに悩むのは、結局は離れたくないと願っているからだろうに。
野沢が言う隠し玉のあの一年生。
何事にも一心に真面目に取り組む真行寺を間近にみて、きっと心を動かされたのだろう。そんな一年生が、演技とは言え真剣な告白を受けるのだ。今よりももっと心が揺さぶられるだろう。
真行寺はどうなんだろう。
『好きでなくなったら―――』
そんな言葉を吐かせてしまうほどに自分は真行寺を遠ざけていた。
側にいても。近寄らなくなっても。誰かとばかり話をしていても。どんな時でも。自分からしている事なのに、一向に落ち着いてくれない胸の内に、そろそろ本当の答えを出しても良いのかもしれない。
いつまでも嘘はつき通せない。
真行寺の声を聞きながら、眼を閉じた。その声を身の内に留め置くために。
――― 誰にも渡したくない…
「野沢、時間だからもう行くよ」
「ああ、生徒会長も頑張って」
講堂を後にして生徒会室に向かいながら思いだすのは、真行寺の声しかない。心地良いあの声が紡ぎだす言葉が頭の中一杯になる。それだけで胸が熱くなる。切なくなってくる。
もう迷わない。
小さな決心かもしれないが、正しく向き合えるのだと思うと、だから自然に伝えられたのだろう。
電話で週末に父と話した時に、真行寺が好きなんだと。
初めて好きと口にしたけれど、真行寺が自分の中で特別になっていけばいくほど、好きという言葉は出せなくなっていた。色々な理由付けをして逃げていたのは、本当のところは怖かったから。『ずっと』なんて言葉を信じ切れる自信がなかったから。
それも、きっと変わっていく。
文化祭までの最後の日曜日。
早起きして、剣道部の道場まできてみた。
思っていた通り、先客がいる。
覗いて見れば、一人で掛け声を出しながら素振りをする真行寺がいた。
一心不乱に竹刀を振る真行寺は、雑念を振り払っているのか、それとも無我の境地にいるのか。見ているだけでは判らないけれど、発する声や汗が滴り落ちる横顔には、彼にしかない爽やかさがにじみ出ている。彼を知れば知るほど、真摯な爽やかさに惹かれていく者が多いのも頷ける。自分がそうだったように。
――― お前の事、好きだよ…
未だに気づいていない彼に、思わず笑みが零れる。
静かに道場の端に腰を下ろし、持ってきた参考書を広げ、そうして、もう一度真行寺を見やった。
まだ素振りを続けている。
いったん休憩を入れるだろう。その時には、持ってきた差し入れのペットボトルをやろう。
こんな自分を待っていてくれる真行寺に、優しい言葉は出てこないかもしれないけれど、声をかけよう。
あの真剣な眼差しが望んでいるものを。
真行寺×三洲。
文化祭前の三洲のモノローグ。
9月05日