寝返りを打とうとして、できないことで目が覚めた。
暖房はつけていても寒いはずのこの空き部屋で、それを感じないでいられるのは、多分、肩まで掛けられている毛布と、背中から抱きしめてきている腕のせいだろう。
ゆるゆると覚醒していく頭で確認すれば、しらずにため息が零れてしまった。
25日のクリスマスが退寮日だから、前日の夜に会って欲しいと、煩いくらいに言い募って来た真行寺の言葉に押されるような形で了承してしまったのが数日前。
「予定がなく、暇だから」
そんな言い訳の言葉の裏に、お前との約束なんてどうでもいい事だと含ませてみたけれど、嬉しくて喜ぶ真行寺の顔が何故か眩しくて、胸の奥にひとつ灯りが灯ったのを覚えている。
しんと静まり返った部屋の中で、互いに吐く息が熱かった事。
この時間を、自分も待ちわびていたと確信した事。
くすぐったい思いで、抱きしめてくる腕をそっと撫で摩り、そうして手をかるく握り締めた。
初めて出会った時、学生食堂までの道すがら、この腕をひいて連れていった。あの時の真行寺の腕と手は、まだ幼かった。ただ、食堂で忙しなく箸を動かしていた手や指は印象的だった。なにかスポーツをしている手だと。幼い中にも武骨さが感じられたからだ。
それなのに、最初の頃にはぎこちなかった腕や手が、抱きしめられるたびに少しづつ逞しくなっていっている。
今はまだ、この腕からは逃げられる。するりと逃げ出して、真行寺の手の届かないところまで行く事ができる。
なのに、掴まえられても良いと、手の届くか届かないかくらいの距離を楽しんでいる自分がいて。逃げられるのに、逃げないまま。簡単には掴まえられないように、付かず離れず。
こんな関係を、今までなら煩わしいと思っていたはずなのに、離したくないと思うまでになっている。
――― 確かめてみようか…
真行寺の腕の中でなんとか身体を動かして、彼に向き合った。
間近にみる真行寺の顔は、あどけなさがまだ残っている。窓から差し込む淡い月の明かりが、真行寺の睫毛に影を落とし、それが、精悍な印象も与えてくれるから不思議だ。
幼さと精悍さを併せ持つ大人にも見えて。
そっと指で触れてみる。眉毛、鼻筋、手の甲で頬にも触れて。
――― ああ…なんて…
触れる時の心地良さを、どんな言葉で表わしたらいいのだろう。
胸の奥から温かなものが、ふわふわと溢れてくるのだ。後から後から溢れてきて、身体を覆い、指先まで沁み渡ってくる。
鼻の奥がつんとして、唇を噛みしめた。
泣いている事に気がついても、止める術がなかった。
堪らなく、真行寺の唇に自分のそれを重ねた。
触れるだけで良い。
深くなくて良い。
そっと離れて、涙を拭った。
――― 俺とした事が…
唇を噛みしめる。
いま、この時の想いを認めてしまおう。否定などせずに。誰に打ち明ける事もないのだから。
――― お前が好きだよ…
そう思う事で、心が軽くなった。
もう一度唇を重ねた時、ようやく真行寺も気がついたのか、唇が動いたのが判った。
「目が覚めたのか?」
「あ…アラタさん?」
「ん?」
「今…キスしてくれたの?」
「いいや」
「なんだ…、こっち向いてるから、てっきり…」
「馬鹿か、お前は…」
「だって…じゃ、俺からね」
真行寺から啄ばむ様なキスを貰う。想いを認めてしまった今では、そんな小さな事がくすぐったく感じてしまう。
「何か可笑しい?」
「どうして?」
「笑ってなかった?」
「お前は、ほんとに―――」
「馬鹿だよ、俺は。アラタさん馬鹿だもん」
また、触れるだけのキスをして。
「今夜、会ってくれてアリガト」
「…暇だったからな」
「俺ね…」
「ん?」
「どうしても、今夜は一緒にいたかったんだ」
「そか…」
「アラタさんに会って、初めてのクリスマスだから」
アラタさんは嫌がるだろうけど、と、深くなるキスの中で真行寺の言葉を飲み込んだ。
真行寺は知らない。認めた想いを、この先も伝える事はしない。しない代わりに、真行寺の気持ちに応えていこうと思う。
この夜に誓える、本当の想いだから。
真行寺×三洲 2014年 ハッピー・クリスマス♪
12月7日