聞こえてくる微かな音に誘われるように、三洲は目を覚ました。
それが雨の音だと気づくまで、ぼんやりと聞いていた。
いつもの空き部屋での、久しぶりの逢瀬。
寮内が寝静まった頃合いを見計らって、いつものように真行寺と待ち合わせをした。
月が見える夜ならば、淡い月明かりが見せてくれる彼を、今夜は厚い雲の闇が覆い尽くしていた。
そんな真っ暗な中、三洲が持ってきた懐中電灯だけの光を頼りに引き寄せ、抱き合った。
ずっと忙しく、すれ違いばかりの毎日だったから。
秋が少しづつ深まりゆく中で、互いの肌の温もりや欲する気持ちを確かめるように、まるですべてを溶かしあうように求めあった。
「雨か…」
「降ってるね」
三洲の背中を撫でていた真行寺が、短く答える。心地良いその声は、少し掠れていた。三洲が意識を手放すまで聞いていた濡れたようなものではない。
彼は、自分よりも先に目を覚ましていたのだろうか。それとも、ずっと起きていたのか?
そんな、どうでもいい事を考えてしまう。
真行寺に寝顔を晒すようになったのは、まだごく最近だ。
「真行寺…」
「なに?」
柔らかな声音にほっとする。
「俺は…どれくらい寝てた?」
「ずいぶん寝てたよ。俺もさっき、起きたばかり。アラタさんより先に目が覚めるなんて、疲れてたんだね…」
うつ伏せ寝の背中に感じるのは、きっと微笑んでいるだろう口元。
「もう…」
「もうすぐ朝だね…」
そう言いながら指先が背を撫であげていく。少しだけ爪を立てて。
薄れていく意識の中で覚えているのは、昇りつめた後に真行寺が身体を拭いてくれていた事だけで。後は記憶になく、そのまま寝入ってしまったようだ。
気がつけば、なにも纏っていない。
けれど、寒くない。
真行寺が寄り添っていてくれるからかもしれない。彼の温もりは、ゆったりと包み込んでくれる真綿のような感覚がある。
人肌の温もりを知らない訳じゃないのに、真行寺の温もりだけは誰にも渡したくないと、そう思うようになったのは何時のことだったろう。
この関係が始まった頃は、抱き合うと言うよりも、三洲からは性欲処理をしていると言う理由だけを真行寺に与えていた。
心など入り込むはずのない『カラダダケ』の関係。
執拗に真行寺に言い聞かせ、それは三洲が自身にも言い聞かせていた言葉だった。
そうやって自分の中に線を引く。真行寺のあまりに真っすぐな心が、どうか届きませんようにと。
初めての告白を聞いた時から、多分、怖かったのだ。
真っすぐな言葉を受け止めたら、離れられなくなる。通り過ぎる事を、赦さなくなる。
だから、そんな事にならないように一線を引いていたのに。
いつしか言葉は、形を変え、意味を宿し、やがて色づいて三洲の心に深く堕ちてきた。心の奥深くに堕ちてきた。
どうにもならないくらいに惹かれていく自分を、戸惑い持て余していた頃は、反動で辛く当っていた。酷い言葉を投げつけた事もあった。なのに、心の中では鋭利な刃で傷をつくり続けていた。痛みに震える想いを受け入れても、言葉にして伝えるには、どうしても時間が必要だった。
真行寺はその事を、どこまで分かっているのだろう。
どんなに好きでいるか、真行寺は分かっているのだろうか。
雨の降る夜明け前は、まだ暗い。
寝返りを打って、真行寺に向き直った。その逞しい胸に頬を寄せると、抱きしめられる。腕に籠る力は、どこまでも優しい。
「真行寺…」
ただ、呼んでみたかった。
「何?」
少し掠れた声が胸に沁みこむ。
「今日は…」
「アラタさん…」
「ん?」
「今日は日曜だし。もう少し、このままで良い?」
「……」
直ぐに返事をしないことに、真行寺は急かす事はせず、髪を梳いてくれている。
身体だけでなく、ほんのりと温かくなっていく心。それが、何とも言えず。
「くすぐったいな…」
「あ、ごめん」
梳いていた髪から指が離れる。途端に寂しくなる。そんな自分が可笑しくて。
「違うんだ、真行寺…」
包まれる腕の中で顔をあげて、一つ年下の瞳を見つめる。
「くすぐったいのは、そういう意味じゃない」
「じゃあ、何?」
真摯な瞳が問いかけている。
その瞳に映っているのは一人だけ。一人だけしか映さないでほしい。間近に見つめていられるのは、一人だけで良い。他には誰も映さないで。
願いはたったひとつ。
分からないなら、追いかけて来い。心を、ずっと追いかけて来い。
「さあ、なんだろうなぁ…」
「教えてよ、アラタさん」
「自分で考えろ」
「アラタさ〜ん」
悔しいのか、真行寺は顎でぐりぐりと頭を擦ってくる。
小さな笑みを見せて、また、真行寺の胸に頬を寄せた。
秋の静かな日曜日は、きっと一日雨だろう。
部屋に戻るのは、まだ早い。明るくなる頃に戻ればいいのだから。
せめて今は。
真行寺の温もりの中で眠りたい。
三洲のモノローグ。文化祭も終わり、ほっと一息のどこかの日曜日の朝のふたりです(^^)
4月11日