このひと時を



 うつらうつらと夢間を漂うような眠りは浅く、身体にできているだろう傷も相まってか、なかなか寝付くまではいかない。
 ならば、寝返りでもと思うものの、それもできない。
 背中の温もりに掴まえられて、動けないのだ。

「やれやれ…」

 真行寺の寝息が、項に微かにかかる。
 身じろぎしたせいで回されている腕に力が込められ、結局は寝返りは無理なことを悟り、かわりに手を重ねた。そして、ひとつ大きく息を吐いた。

 昨日まで、忙しい毎日だった。
 真行寺が祠堂を卒業するのと同時に一緒に住むようになって、当初からも互いに忙しくしていて、そんなに顔を合わせる時間はなかったが、ここ最近は特にそれがひどかった。
 大学生の頃も互いのバイトの時間が噛みあわずに、ひょっとして一人暮らしなのかと勘違いしそうな時もあったけれど、社会人になるとそれがもっと顕著になっていった。

 キッチンテーブルに残されているメモでの会話。
 当直で留守をする時には、携帯メールで知らせる。
 散らかせる暇もないような、片づけられた部屋。

 数え上げたらきりがないくらいに、秋頃から、本当にそんな生活が続いていた。
 年末年始もない仕事を選んだのだから、仕方がないと言えばそうなのだが、やはり、一緒に住んでいながら顔をあわせられないと、気落ちした。そこかしこに真行寺の存在を感じる事が出来るのに、我儘な心はどうしようもなく、寂しかったと言うのが本音だった。

 本音だったけれど、寂しいと、一言でもその事を伝えてしまうと、緊張の糸が切れてしまいそうだったし、なにより、真行寺も頑張っているからと思えば我を通せなかった。
 同じ気持ちだった事を聞いた昨夜は、なんともくすぐったい気持になって、らしくないくらいに嬉しかった。

 嬉しくて。嬉しくて。
 求める気持ちが昂り過ぎると、言葉なんて意味があるのかと思うほどに、何も喋らなかった。
 ひたすらに真行寺を求めるだけだった。
 そんな中で身体に傷を付けてくれと言った、あの言葉だけは覚えている。
 ただ、真行寺が言った言葉だったのか、自分が強請ったものなのか、そこだけがあやふやで、やはり、らしくないほどに意識を飛ばしていたのだろう。

 真行寺の手や腕や舌は、どこまでも優しさがあって、それなのに強引で、いつのまにか、逃げる事さえさせてもらえなくて。大人の男なのだと、再確認させられた。
 高みがもうそこまできているのに、すぐにはイかせてくれなかったり。
 甘い痺ればかりをくれるだけで、突き抜けさせてくれなくて、ただただじれったい思いをさせられた。

 
「何度も…イかされたな…」

 小さく囁いた途端、昨夜の真行寺や自分を思い出してしまい、下半身に熱が集まってきてしまう。
 擡げ始めた性に。

――― 俺は…

 真行寺の腕に乗せていた手で、たまらずに自身の物を探ろうとした。
 その時に肘でも当たったのか、背中で真行寺が身じろぎした。

「…アラタさん…?」
「目…が覚めたのか…?」
「ん〜、どうしたの…?」
「なんでもないから、良いから寝ろよ…」

 知られないように言葉の端で息を吐き、羞恥に震えそうになる身を固くした。
 肩口に唇で撫で擦られる。まだ熱くないその唇の柔らかさに、思わず目を閉じた。

「何、アラタさん…言ってよ…」

 温かな言葉に、甘みを混ぜた息が項にかかる。
 瞬間にじんと震える身体は、もう隠しようもなかった。

「ひとりでしないで…俺がしてあげるから…」

 後ろから回された手で自身を握られれば、なんども愛されて迸らせた名残がまだあるはずなのに、また真行寺を求め始めてしまう。止まらない。いや、きっと、止めたくないのだ、自分が。

「ああぁ…はぁあぁ…」

 真行寺の手は柔らかで、強引で、優しくて、たまらなくなってくる。焦がされるような熱でなく、緩やかな波のような熱が、堪らない。
 肩口に、またキスを落とされ、強く吸われるだけで身体が跳ねてしまう。
 自身の熱を追いかけながら、唇の感触も追い求めてしまう。

「こっちむいて…ねぇ、アラタさん…」
「真行寺…」

 その言葉を待っていた。
 真行寺に向き直り、キスをねだった。何度も角度を変えながら、繰り返し、逃げる舌を追いかけては絡ませた。強く吸いあげれば応えてくれる舌に、また翻弄される。
 身体は素直な反応だけを繰り返して、まだ残るはずの痛みを今は感じないでいる。また真行寺が欲しい。堪らなく欲しいのだ。
 それなのに―――。

「もう辛いでしょ。今度はいれないで、こうしよう?」

 向き合ったまま、下半身を密着させた。そうして互いの物を擦り合わせながら、深いキスを交わした。
 それだけで充分だなんて、満ち足りているなんて。

「真行寺…」

 泣きたくなるような気持ちで、薄明りのもとでみえる彼を見上げた。
 あどけなさのない、精悍さをたたえた優しい眼差しが、そこにあった。

「アラタさん…」

 大好き。
 好きな言葉が肩口にかかり、抱きしめられる。逞しい腕にふわりと、けれど、離さないように強く抱きしめられる。

「ああ…」

――― 俺も…

 唇だけを動かして、真行寺に伝えた。
 このひと時を忘れないように。

「俺も…」



 今を、忘れない。


真行寺×三洲 2015年 ハッピー・バレンタイン♪
2月1日