「好きです!好きなんですっ!ずっと、好きでいて良いですか?」
勢いもあったろう。
受験の日に恋に落ちてから、どんなに会いたかったか。合格したことを知らせた手紙が送り返されていたことへの、焦りもあったと思う。
一分一秒が惜しかったから。入学してまだ間もない時、校内中を探して探して探しまくった。
ようやく探し当てた三洲は、校内ではなく林の中を歩いていた。彼に駆け寄り、焦がれ続けたそんな思いの丈を、ぶつける様に伝えた。
それなのに微動だにせずに、静かに見つめ返してきた。
初めて会ったときからそうだった。表情の読めない人だったから。無表情なのか、年上の余裕なのか。それとも、冷たい人なのかも判らない。嘘をつく人ではないけれど、どこか遠くに感じる部分もあった。
だけど。ああ、だけど。
今思えば、と。思い返してみれば、あの時気がつかなかったことに気がつくことがある。
ほんの僅かに表情が動いていた。
今なら思い出せる。
無表情ではなく、あれはきっと、戸惑っていただけかもしれない。自惚れを承知で言えば、自分の告白に心を動かされていてくれたのかもしれない。
どんなに装うことに長けていても、あの人だって十六歳の一高校生。揺れるときはある。
そんな三洲が、いつから自分の事を好きになっていてくれたのだろう。
去年の文化祭の頃?
三洲は自分から言った約束を守って、あの夜にデートをしてくれた。正門前の噴水のところでキスを交わした。甘い夜の想い出ができたと思っていたのは、自分だけではなかったのかもしれない。
それとも、新学年が始まってから?
なぜか、頻繁に会ってくれるようになったかと思うと、会ってくれなくなったりもした。吹いていた風が急に止んでしまったように。まるで自分の事に興味をなくしたようになっていた。忙しいのもあったろうけれど。
音楽祭の頃は、特に胸が痛い。自分に興味をなくした以上に、他の誰かが三洲の心にあるように見えたから。頼りにならない自分よりは。あの人の方が側にいるのが相応しいのなら。
三洲の倒れた日。あの夜に涙したことを、今でも覚えている。
身を引くことなんて覚えたくなかった、と。
だけど、真実は違っていた。
試着室で聞いた言葉を信じていたい。
三洲と自分は、想う心が交差しない時がある。想い合っているのに、それが一つにならない。
距離を置くことを選んだ時も、彼はそれを良しとしていなかった。別れようとしている、離れようとしている。ならば受け入れなければと、ようやく心に折り合いをつけられるようになった頃、こうして彼の胸の内を聞かされる。
三洲と自分。
十八歳と十七歳。
これから、色々な時間を過ごしていけたらいいと思う。
色々なことを知りたい。もっと知りたい。ずっと、もうずっと、心の奥にしまいこんでいるだろう事も、少しづつでもいいから伝えあっていけたら良い。
少し振り返り、まだ寝息をたてている三洲を見つめた。
静かな午後の昼下がり。そんな静けさを味方につけて、手を伸ばした。胸にそっとあてて、規則正しい呼吸を感じてみる。
寝不足なんて俄かには信じられないけれど、それが自分のためなら嬉しい。嬉しい。
また、マンガに目を落とした。
「……自分の部屋で読めばいいのに」
ぽつりと聞こえた三洲の声は、穏やかで柔らかい。その声が心に広がり、温かくなっていく、いっぱいになっていく。満たされていく。
――― ありがとう、アラタさん。好きになってくれて…
振り向いて、
「あ、起しちゃいましたか?すんません」
三洲に、ずっと笑顔をみせていられるように。
迷わずに、まっすぐ前を向いて強くなろう。
小さく誓う。
真行寺のモノローグ。
『風と光と月と犬』の最後の方、あっけなく寝てしまっている三洲の横で、少年チャンプを読んでいる真行寺です。
5月6日