Happy  Valentine's  Day! -1-




バイトの帰り、走らせていた自転車をコンビニの駐車場へと停めた。
冬真っ盛りのこんな夜、家に着く前に温かいものが欲しいとおもったのだ。
店の中に入ると、すぐの棚が目にとまった。赤やピンク色でラッピングされた箱達が置かれている。確か、昨日にはなかったものだ。

「そっかー、もうそんな時期かー」

くすぐったくなるような思い出があるイベントが、もうすぐやってくる。三洲と知り合ったおかげで、ほのかな甘みも切なさも味わった思い出だ。

「アラタさんに、今年もしっかり気持ちを送らなきゃな」

どんなものが今年はあるのかと、ちょっとチョコレートを眺めてみる。
若い男がラッピングされたチョコレートを見ている様は、不思議な感じで店にいる人たちにはうつっても、真行寺は気にしない。
なんせ、三洲に送るものだ。
甘い言葉も態度も気持ちも、同居させてもらっている今、顔を合わせば伝えている。多分、しつこいくらいに。三洲からは、迷惑そうな顔しか見せてもらえないけれど。それでも、大学に進学して、一緒に住む事を承諾してくれたのだ。三洲も、想ってくれているはずである。

明日はバイトが休みだから、少し足を延ばして、コンビニなどではなく専門店まで行ってみよう。
想いを込めたものを、例え小さくても良いから送ろう。
そんな事を考えていたら、心がほっこりとしてきた。何か温かいものをと思って入った店だけれど、無性に三洲に会いたくなった。

真行寺は店を出ると、一緒に住むアパートまで、また自転車を走らせた。


家に帰りつくと玄関のドアを勢い良く開けて、「ただいま〜」と部屋に入った。
くつろぐアラタさんを見つけ、いつものように後ろから抱き込む。
家にアラタさんがいる。
この幸せは幻なんじゃないかって、もしかしたら夢なんじゃないかって、
アラタさんのきれいな首筋に鼻先を埋め、すんすんと鼻を鳴らして匂いをかぐ。

「 お前、本当に犬っぽくなってきたな 」
そっけないけど、怒ってはいない。
甘くはないけど、突き放さない。

「アラタさんとゆっくり会うの久しぶりだもん」
「 そうだったっけ 」
「 そうだよ。ーーもうお風呂入ったの? 」
「 ああ 」
「 いい匂いがする……すっかり冷えちゃったから、俺も入ってくる… 」

早くアラタさんとゆっくりしたくて、ばたばたと入浴の準備をしていると、
「2月の第2土曜日、ちょっと出かけることになったから。泊まりで 」
何気なさそうな風を装って、部屋の向こうからアラタさんが言った。


あまりにも何気なさそうなので、かえって、気に留めてしまう。

「 祠堂で『卒業生の話を聞く会』ってのがあって、それに出てくれって、何年も頼まれていたんだ。
ずっと断っていたんだけれど、今年はどうしてもって頼まれて断りきれなかった。」
「 そうなんだ、アラタさん、さすがだなぁ。
そういえばそんな会があったな〜。俺、寝ててあんまり聴いてなかったかもしんないけど 」
パコン!
いい音がしてアラタさんが俺の頭を軽くはたいた。
「 お前は全く! 」
「 だって、俺の進路は決まってたからさー!!アラタさんと同棲するために、大学生になれればどこでもヨカッタし…… 」
バゴーン!!
今度は結構本気で殴ってきた。
「ただのルームシェアだろ」


さくさく入浴を済ませて、アラタさんとゆっくりしようと思っていたのに。
どうやら、俺が言った『同棲』って言葉が、今夜は妙に気に障ったらしく、風呂から出た時には、アラタさんは自分の部屋に籠ってしまっていた。
ドアの前で、

「あ、あの、アラタさ〜ん?機嫌なおして下さい〜」
「バイトで疲れている真行寺くん、もう寝たら?俺も寝るから、おやすみ」
「アラタさん〜、今夜は一緒に寝てくれる夜じゃなかったっけ?」
「記憶違いだろ、真行寺くん。明日も早いから、さっさと寝れば?」
「アラタさ〜〜〜ん…」

最後は半泣きの声になってしまっていた俺。
アラタさんが実家には確かに、大学の近くで、でも一人暮らしは心配だろうし生活費折半で社会勉強にもなるから同居、と言っていたのは知っている。
でも、そこは、ほら、俺達って恋人同士だし、甘い時間があったっていいじゃない!って俺は思う訳。
なのにアラタさんてば、機嫌悪くなるの早すぎだよ。
俺は、仕方なく自分の部屋に戻っていった。


ドアの前から遠ざかる足音を聞きながら、三洲は溜息を一つ零した。

『同棲』と『同居』なんて、小さな言葉だけの拘りであって、本当に心底そう思っているわけでもない。ただ、どこかで自分を律していなければ、あの真行寺の勢いにどこまでも流されていってしまいそうで、それが怖い。
俺だって、真行寺がそばにいれば嬉しいんだ。ほっとできるし、あたたかくなるし、落ち着きもする。真行寺も俺も忙しくて、そうそう顔を合わせられる時間がないものだから、今夜のような時間は貴重なのに。
まだまだ、心のどこかで素直になりきれていないんだな、俺は。やれやれ、やっかいな性格でどうしたものか。

ふと、2月の第2土曜日の事が頭を過る。

真行寺はいつも楽しみにしてたな、そう言えば。去年は忙しくてそれどころじゃなかったし、それまでの二月も、どちらかが受験生だったりして、落ち着いて過ごすことなんてなかったから、今年は余計に楽しみにしてるかもしれない。
外泊か…。
真行寺のヤツ、外泊の日が何の日か知っていたのかな?
あいつのことだから、気をつけて行って来て下さいねと笑顔で送り出してくれるだろう。寂しさ隠して。
どうしたものか…。

ハッ!

てか、どうして俺は真行寺の事でこんなに悩まなくてはいけないんだろうか。たかが一泊留守にするだけなのに。その日がダメなら、他の日にしたって良いはずなのに、どうして…。
やっぱり真行寺には甘いってことなのか?
やれやれ。
今夜は一人で部屋に籠った以上、どうしようもないから、もう寝よう。

その夜、ともに寒くて寂しい夜を過ごした真行寺と三洲だった


早朝、部屋が寒くて目が覚めた。
息を吐くと白い。もう一度、暖かい布団にもぞもぞ潜り込んで、家の気配を伺った。
台所からカチャカチャいう音が聞こえてきて、その音に起こされたのだとわかる。
アイツ、今日も早くからバイトなのか……。
受験シーズン、試験場でのバイトが臨時でたくさんあるそうだ。
楽だけど何しろ集合時間が早い。
このところ、朝は会えない事が多いし、夜は俺が遅いからアイツは寝ていることが多い。
昨夜は久しぶりに夜ゆっくり過ごせる日だったのに……。
アイツの一言にあんなに怒らなくても良かったのだ。

何かわからない不安や後悔がこみ上げてきて、布団を頭からかぶって息を潜める。
丸まって、自分の腕を交差させて肩をギュッと抱きしめてみた。
暗く暖かく狭い空間で、生まれる前の赤ん坊のように、規則正しい鼓動を数えた。


ドアがそっと開けられた。
足音を立てないように、俺を起こさないように気遣いながら、ベッドに近づいてくる。
静かに呼吸して寝たふりをしていると、アイツが布団の上から、布団ごと俺をそっと抱きしめた。
「アラタさん、行ってくるね。昨日はごめんね。アラタさん、大好きなのに……」
しばらく顔を布団に埋めてじっとしていた。
真行寺。


すぐさま布団をはねのけて、俺こそ悪かった、ーー不機嫌になってしまった、せっかく久しぶりの夜だったのに……
といえば良かったのだ。
アイツは驚きながらも、絶対笑って抱きしめてくれただろうに。
でも、ピクリとも動けぬまま、アイツはそっと部屋を出て行き、まもなく玄関の鍵を閉める音がした。


「ふぅ〜」

三洲にとって今日何度目か、もう数えるのも嫌になるくらいの溜息が口をついてでてくる。

理由は判っている。昨夜の行き違いに他ならない。
今までだって不機嫌になった事はあった。俺の悪い癖の一つになるのだけれど、どうしても真行寺に我儘を言ってしまう。しかも、よくよく考えればどうでもいい事でだ。昨夜なんて、『同居』と『同棲』で機嫌を悪くして…。一緒に住むようになってから、何度もあった事でだし。

「あ〜あ…」

学食で遅い昼食を食べながら、真行寺を思い浮かべる。
あいつの事だから、お昼をちゃんと食べてるだろうなぁ。忙しくてそんな時間ありません、なんて事はないよな。誰かと食べてるんだろうか…。楽しくやってるのかな…。
そう言えば、この季節、あいつは沢山チョコを貰っていた。祠堂にいる時なんて、麓からだろう、寮内の郵便受けのところに段ボール箱一杯のチョコがあったっけ。それとなく見たら、全部が真行寺宛だった。あいつはモテる。俺が見込んだ男だし、そうだろうとは思うものの。なんかちょっと面白くない。

そこまで考えた時、背中をすっと冷たいものが通り過ぎた。
あんな事くらいで心変りはないだろうが、今夜も早めに帰ろう。そして、真行寺とゆっくり過ごそう。最近はお互いに忙しくし過ぎていて、ロクに話もしていない。だから、変な風にすれ違ったりするのだろう。

「よし」

こんな事くらいで自分に活を入れないとダメなんて、真行寺への惚れ具合には目を瞑り、目の前の味気ない昼食をさくさく片付けた。


その頃の真行寺はと言うと、こちらもやはり溜息吐息な一日を送っていた。

「バカだよな俺って。ほんっとに学習しないんだから。アラタさんが側にいるってだけで調子に乗っちゃって、すぐに墓穴掘るんだから…」

あ〜あと、また溜息である。
ただ、最近は、お互いのバイトの種類もさることながら、一緒に住んでいる事に胡坐をかいている感じで、話をする時間があまりになかった。顔を合わす時間が、そもそも足りないのだ。
一緒にいるだけで良い、なんて事は絶対にない。大事なのは、やっぱりスキンシップだと思う。アラタさんが嫌がるようなイチャイチャはする必要もないだろうけれど(俺はしたいけど)、一緒にご飯くらい食べないとな。
今夜は速攻で帰って、何か温かいものを作ろう。作ってアラタさんを待っていよう。それから、いっぱい話をしよう。

「よしっ!」

真行寺は今夜を思い浮かべながら、午後をひたすら頑張って過ごした。


立春を過ぎても寒い寒いこの時期に、ハッピーなバレンタインのお話なら温かくなるはずとの思いから、またまたリレー小説なるものに挑戦致しました!
エスエヌ様、お声かけを有難うございました(^^)
自分ではきっと思いつかない色々なお話を繋ぎ合せるって、やっぱり楽しいです。目から鱗な事ばかりでした。
次がありましたら、また呼んで下さいね。
ではでは、真行寺と三洲共々、Happy Valentine's Day!

優希


リレー小説のいいところ。
好きなことだけ書いて『はいっ』ってバトンを渡せるところ。
帰ってきた大好きな作家様の生みたてほやほやのお話を読めるところ。
結末を気にしないでるんるん書けるところ。
こんな私にいつも付き合ってくれる優希さん、ありがとう。
楽しかった〜(o^^o)

エスエヌ
2015年2月14日