好きだから




「キスして良いですか
「却下」

 いつものように真行寺が生徒会室に来た時には居た大路を、遅くなるからと帰らせた後の業務を、三洲はまだ終わらせないでいた。
 資料を捲る手の、その合間を縫うように真行寺が声をかける。
 間髪いれずに三洲の返事がある。

「キスして良いですか
「仕事中だ」

「キスして良い―――
「帰れ」

「キス―――
「ダメ」

 何度繰り返したか判らない言葉のやり取りを、しかし、三洲も不機嫌になる事もなく続けていた。
 三洲の雰囲気が穏やかで、本気で怒っている訳ではない事を、真行寺にも判っていた。
 きっと言い続けていれば折れるはず。
 そんな期待を込めて、諦めずに、我慢強く、粘ってみようと真行寺は思うのだ。

「キスして……」
「……」

 ようやく資料を閉じて真行寺の方を向いた三洲が、ややあって、盛大な溜息をついた。

「お前もしつこいな」
「しつこいよ俺って。アラタさんの事になると、諦めるって言葉が消えるモン」
「そうか」
「アラタさんの事、好きだから」

 胸を張って言う真行寺に、思わず三洲は吹いてしまう。
 聞かれれば、どうせ素直な言葉など聞けもしないだろうことは、真行寺も判っているだろうに、この男に学習能力はないのかと呆れてしまうが、その実、そんなやり取りを望んでいたりする三洲であった。

 知らない訳じゃない。
 真行寺が喜ぶ言葉をかけられない。
 そんな素直さなんて持ち合わせていない。

 そう言う自分だと言う事を、三洲は真行寺と一緒の時間を過ごすことで、嫌と言うほど思い知らされてきた。自分の気持ちを素直に言葉にできる真行寺を、羨ましく、時に妬ましくにも思うほどに。
 押して押して押しまくってくる真行寺に、最後は根負けして、好きにすればいいと言う構図を見せることで、三洲はその中に自分の本音を混ぜ合わせることができた。
 真行寺だからこそ、できたのだと思う。

「…キスして良いですか
「愚問だな」
「どうして好きだもん、したいよ俺は。アラタさんは
「却下」

 埒があかないとばかりに立ちあがり、ようやく三洲は帰り支度を始めた。
 それでも真行寺は、やっと三洲と帰れると思うだけで嬉しくて、三洲を手伝い、カーテンを閉めたりする。

 ドアの辺りで二人連れだっているところを、もう誰にも見られる時間でない事を三洲は判っていた。
 電気を消して、すぐ後ろにいた真行寺に抱き止められる様に、だから振り向いた。

「わわっ、アラタさんてば、危ないって。もう少しで転んじゃうよ」

 三洲を咄嗟に抱きしめた真行寺は、すぐにはその身体を離さなかった。

「やっと俺の腕の中に来てくれた」
「ふん」
「大好き、アラタさん」

 腕に三洲を感じさせるように抱きしめた真行寺は、ようやく三洲にキスをした。
 この瞬間を、三洲も待っていた。
 いつまでもできない事は判っていても、啄ばむキスを何度も繰り返す。

 甘い時間が短くても、愛しいと思える相手と過ごせる事に、三洲も真行寺も至福感で包まれた。

5月23日「キスの日」に、pixivにアップしたものです。
5月23日