それは海の深さにも似て -4-

 藤真を持て余している。
 こんな事を思う日がくるなんて、一年前には考えもしなかった。


「藤真、俺は出かけるが、もし、出かけるなら…。 藤真っ」
「あ…、なんだろ、牧」
 あれから―――花形が日本を離れたと聞かせた頃から、藤真はぼんやりしている事が多くなっている。 藤真の気持ちは分かる。しかし、このままで良い訳がない。

「花形の居ない部屋へ帰るのは、怖いか?」
 図星だったらしく、睨み付けてくる瞳を受け止める。
「それくらい元気なら、まぁ良いか…」
「牧…」
「なぁ、追い出したい訳じゃない。だがな、このままって訳にもいかないだろ?」
「分かってる。 あ…と、牧がいない時に帰るんだったら、どうしよう」
「あぁ、それなら、鍵を渡しておくから、下の郵便受けにでも入れておいてくれたら良い」
 そう言って、ポケットから出した鍵を藤真へ渡そうとして…、
「と、これは違うか。 こっちのを渡しておくから。後の事は放っておいてもいいからな」
 重い気持ちを引きずったまま、部活の為に出かける。

 藤真に最初に渡そうとした鍵は、仙道から返されたものだ。
 中途半端に放って置かれた関係を終わらせようとして鍵を返した仙道の気持ちを思うと、自分の不甲斐なさを呪いたくなる。
 終わらせた筈の藤真への想いが残っていた事で、誘われたとは言え藤真抱いてしまった事は、どう言いつくろってみても、もう、どうにもなるものでもない。 それでも、なんとかしたくて、仙道へ打ち明けたが…。
 辛い想いをさせてしまった。 あんな想いをさせるつもりで付き合っていた訳ではないのに。
 今の事が終わったら、側にいて欲しいと伝えたい。
 間に合うだろうか。 仙道は、待っていてくれるだろうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 牧が出ていった後、程なくして帰る準備を始めた。 準備と言っても、何もないのだけれど。
 鍵を閉め、そのまま郵便受けに放り込んで、マンションの外へでる。
 夏の日差しは容赦なく照り付けてくる。 このまま溶けてしまいそうだ。

 牧の言った事は、当たっている。花形の居ない所へ帰るのが怖い。 あんなに悩んで、回りを傷つけてまで花形の為にと、離れることを決めたのに。


 地下鉄を乗り継ぎ、花形と住んでいたマンションの前まで戻ってきた。
 その間、何を見てどの景色の中にいたのか、何処をどう歩いてきたのかまるで覚えていない。
色のない風景の中に自分は置かれてしまっている。 そんな感じだった。 何かを意識しようとすると、花形を思い出してしまう。 思い出したいのか、思い出したくないのか、もう分からなかった。

 やっと、自分の部屋の前に立つ。 花形と離れるために出た場所だけれど、戻ってきた。
 鍵を開けて、中へ入る。 懐かしい想いが込み上げてくる。
 それを振り払うように、カーテンを開け、窓を開け、部屋に昼の日差しを入れる。
 そうして振り返り、あらためて部屋の中を見渡す。

 花形は、出て行く時に片付けていてくれたのだろう。すぐに手をつけなければならないところはないように思う。 殆どの荷物が残っているが、それはこれから考えていけばいい。
 今は…、ゆっくり眠りたい。

 キッチンでコーヒーを入れ、床に座って飲みながら、目の前にある本棚を見るとはなしに見ていたら、卒業アルバムを見つけた。
 こんなところに置いていた物ではない。花形が置いていったのだろうか。
 花形の写真も載っているそれを見れば辛くなると分かってはいるけれど、手は自然に伸びていた。

 床に広げて、1ページづつ捲っていく。
 クラス写真の中の花形は、背が高い為、一人だけ飛びぬけて目立っている。
「お前を探す時には便利だ」と、在学中に何時だったか笑いながら言った事がある。
 翔陽にいた3年間、花形とは同じクラスになったことはないが、お互いのクラスの仲間達よりも、誰よりも長い時間を一緒にすごしてきた。
 まだ、たった何ヶ月か前のことなのに、どうしてこんなに懐かしいんだろう。
 次を捲れば倶楽部紹介のページだ。バスケ部の写真には、自分と一緒に花形がいるはず。並んで写っている写真を見れば、花形への想いが募ってくるかもしれない。
 それでも、見たい気持ちには逆らえず。

 ――見つけた。
 ページを捲った、そこにあった物。
 それは、ありふれた日常の中にある、何でもない普通のメッセージだった。
 花形が残していってくれた物。

 おまえ…、俺が、これだったら読むと思ってた?
 なんで、こんなの残すんだよ…
 こんなの読んだら、会いたく なるじゃないか…

     『 藤真へ

        ご飯は、きちんと食べていますか?
        8月15日、一緒に過ごす約束が、
        もし果たされないようだったら
        去年と同じように、必ず電話をいれます。

                           花形   』


 視界がぶわっとぼやけてきた。 ぽたぽたと音がした方を見ると、メッセージの紙の上に涙が落ちていた。 滲んでしまってはいけないと、慌ててふき取る。
 手の中に紙を握り締めて、触れても冷たさしか伝わらない写真の中の花形を指でなぞる。伝わらない体温を、それでも感じたくて指でなぞっている。

  ―――会いたい。会いたい。

 俺のした事、間違ってた?
 他に、考えられなかったんだよ
 離れることしか
 だから…
 花形…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一人で帰した藤真の事が、頭から離れてはくれない。 花形との約束もある。
 迷った挙げ句、藤真の住んでいるマンションにやって来た。
 インターホンを鳴らすが、返事はない。 もう一度、もう一度と鳴らすが、何の反応もない。
 焦れた牧は、試しにドアノブを回すと―――鍵は開いていた。
 玄関先へ入って奥を見ると、藤真は、ベランダの側の床に転がっていた。
 何か胸騒ぎを感じ、急いで近寄り様子を確かめると、眠っているだけだった。

 何かを抱えながら眠っている藤真の頭をそっと持ち上げ、自分の膝の上に置いてやる。そうして大事そうに抱えている物を藤真を起こさないようにそっと取り上げる。
 卒業アルバムだった。
 藤真の頬には、泣いていたのだろう、涙の跡がある。
 こんな写真に縋るくらいなら…。

 長い間、藤真を見てきた。
 藤真に対する気持ちが、恋なのだと気がついたのは、随分昔のような気がする。
 藤真が選んだのは花形だ。
 もし、このまま藤真の手をとる事があったとしても、彼が自分を見る事はない。自分を通して結局は花形を追いかけている。 藤真が求めているのは花形だけだ。
それを知っている自分が、藤真に言ってやれるのは、してやれるのは、これだけだ。

 藤真の頬に手を添えて、声をかけて起こしてやる。
「藤真…」
 牧の声にふっと目を覚ました藤真は寝惚けているのか、牧の手を握りかえしてきた。
「花形…はな……」
 ようやく自分を見止めた藤真は、多分、自分の言ったことが分かったのだろう。
「牧…どうして…」
「花形の夢でも見てたか、藤真?」
「牧、俺…は…」
 牧の手を握り締める藤真の手に力が込められてくる。
 不安そうに揺れている淡い色の瞳に優しく語り掛けてやる。
「藤真、俺が言いたい事、分かるな」
「…………」
「言って良いんだよ。 甘えたって良いんだ。 遠慮する必要なんて何処にもないんだよ」
 震えている体を静かに抱きしめてやる。
「だけど…」
「俺が良いって言ってるんだから、良いんだよ。あいつだって、それを望んでる。欲しかったら  欲しいって言えば良い 」
「俺…は…」
「俺は?」
「俺…は…、花形が欲しい。あいつが欲しい。誰にも渡したくない。渡したく…ないんだよ…」
「それだけで充分なんだよ」

 きっと、ずっと言えなかったのだろう。 簡単な言葉なのに。
 言ってしまったら、後から後から気持ちが溢れてきているのか、声にならない声で泣いている。
 声を上げて、思いきり泣く事もできない程に思いつめていた藤真に、遠回りはしたけれど、これでよかったのだと言ってやりたい。
 伝えたくても伝えられなかった藤真を誰も責めたりはしない。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 エアコンのよく利いた部屋でタオルケットを身体に巻きつけて、電話を待っている。
 日付けが変わってから30分を過ぎている。

 ルン

 来たっ!
 続けて鳴るはずの呼び出し音を聞かずに受話器を取った。
「もしもし…」
『…あ、早いな。何、電話の側で待ってたのか?』
 そうだよ、少しでも早く聞きたくて、こうして待ってた。
「花形、遅いっ!」
 離れている距離を考えれば大した時間じゃないかもしれない。たかが30分だ。だけど、そんな事を考えている余裕がない程に、花形の声が聞きたい。
『悪い悪い。でも、元気そうで安心した。来週には来れそうか?』
「うん…、ほら盆休みと重なってしまっただろ。お盆が明けなきゃチケットが取れなくてさ」
『そうだな。兎に角、待ってるから。早くおいで』
 声だけで伝わる温もりがあるなら、きっと、今の花形の声がそうだ。
「分かってるよ、分かってるさ。それより、花形…」
『そうだった。肝心な事を言わなきゃな。去年と同じだからさ…。え〜、藤真を生んでくれたおふくろさんに、感謝します。生まれてきてくれた藤真に――ありがとう』

 花形……
 特別な日にする為に一緒に過ごす約束をしていたのに、自分の方から壊してしまった事を、覚悟していたとは言え、こんなに後悔することになるなんて…。
 込み上げてくる想いに思わず目を閉じてしまう。応える言葉の代わりに涙ばかりが溢れてくる。

『藤真? 藤真、聞いてる? 来年は一緒だから』
「…う…ん…」
『じゃあ、早いけど、これで切るからね。来週、な。待ってるから』

 会いたい…。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 気持ちの固まった藤真は、その後の事は、信じられないくらいに早かった。
 花形と連絡をとり、取りあえずは渡米し、花形に会いに行くと言う。
 大学へは休学届けを出し、二人で住んでいたマンションは、花形が自分の親にも藤真の親にも話しを通していたらしく、何も心配はいらないからと言ってもらえたそうだ。


 お盆を過ぎ、やっと渡米できる事になった藤真を見送るために、成田空港まで来ている。
 藤真に残っている事は、搭乗手続きを済ませ、出国ロビーの向こうに消えていくだけだ。
 あれから…、藤真の部屋へ様子を見に行ってから、藤真とは殆ど会っていなかった。
 バスケ部の夏合宿や、インターハイを見に行ったりしていた為に時間がなかった。
 今日は、花形との約束もあるのだが、これを逃がせば藤真とは、もう、会う事が殆どないと思ったからだ。

「やっと出発できるんだな」
「これでも超特急に準備したんだ。チケットがとれなくてさ。もう、大変だった」
「なぁ、まだ少し時間あるだろ。何か飲まないか?」
「あぁ、いいよ」

 了解してくれた藤真を連れ、忙しなく行き交う人達の中を通り抜け、近場で見つけたセルフ・サービスの店に入る。トレイを持ち、二人ともコーヒーだけを注文した。
「他は? 何も食べないのか?」
「うん、あんまり減ってないし。コーヒーだけでいいよ」
 砂糖とミルクを、普通の人より多めに取った藤真と俺は、奥まったところにある二人がけのテーブルに落ちついた。
 隣のテーブルでは、多分、自分達と同じような見送る人と見送られる人なのだろう、写真を交換しながら話しこんでいる人達がいる。
 目の前に座る藤真に視線を戻すと、砂糖とミルクをタップリと入れているところだった。
 藤真の甘党ぶりは、相変わらずだ。

 藤真の事は、バスケ以外の接点は殆どなかったけれど、知っている事が多いと思っていた。
 少しずつ知らない事が増えていく。
 藤真にも自分にも、それぞれに流れている時間があると言う事を、今回の事で思い知らされた。
 それなのに、何時の間にかそんな関係になっていた事を、淋しいと思うだけでなく、それで良いと思っている自分がいる。
 こんな風に静かな気持ちで藤真を見ていられる。一年前には考えられなかった事だ。
 藤真だけでなく、自分も確実に変わってきている。

「牧…、ほんとに有り難う」
 自分の視線に気がついたのか、僅かに目を伏せながら言った藤真の言葉は、何処か遠くで聞いているような、そんな錯覚を起こさせるものだった。

 さらさらと流れる茶色の髪。冷たい印象を与えてしまう整った顔立ちを綺麗だと思ったのは、もう三年も前の事だ。
 側にはいられない関係を淋しく思わなかったと言えば嘘になる。藤真を想い眠れぬ夜を過ごした事もある。淡い色の瞳に自分を写して欲しいと願った事も一度や二度ではない。
 藤真が花形を選んだ事で終わったはずの想いは、けれど、終わってはいなかった。残る想いに流された時、奥深くへ仕舞い込んでしまっていただけだった事を初めて自覚した。
 だけど、それも、もう終わる。
 目を伏せた藤真を見つめ、自分の中でやっと一つの恋が終わった事を感じる。
 痛みではなく、後悔でもない。心地よい想い出として残っていく。そう…、それだけで充分だ。

「いいよ。そんな…、礼なんて」
「牧がいなかったら、俺は花形のところへは戻れなかったかもしれない。だから…感謝してる」
「感謝されたかった訳じゃない。分かってるだろ、藤真」
 その言葉に、俯いていた藤真は顔を上げ、自分の視線を受け止める。
 確信があった訳ではないが、受け止めたその瞳を見た時に、藤真への秘めた想いが、すでに知られていた事を悟った。
(やはり……)

 どうしても聞きたかった事がある。
 牧は少し躊躇ったが、今を逃がせばもう聞く機会はないだろう。
「いつか聞こうと思ってた。お前、いつから俺の気持ちに気づいてた?」
「3年の選抜予選の…終わった後だよ」
 藤真の告白を聞いたすぐ後だ。
 そんなつもりはないはずなのに、気がつかれてしまう程に気が緩んでいたのか。
「そうか…。ずっと、隠し通せたと思っていたが、そうでもなかったんだな、俺は」
「牧の気持ちには応えられない。俺は…」
「分かってるよ。知ってたからって、誰も責めたい訳じゃない。気になってただけだ」
 自分にも言い聞かせるように。
「お前は、花形を選んだ。良いんだよ、それで。後は俺自身の事だから。藤真には関係ない。藤真が気に病む必要なんて、何もないから」
「牧…」
「藤真が花形を選んだ時に俺の方は終わったんだ。いや、違うな。そう信じてた。何もかも終わらせたと思って。でも、そうじゃなかった事が分かった。あんな事で、お前を傷つけて…」
「牧っ、それは…」
 藤真の言葉を制し、話しを続ける。
「だけど、これで俺も終われる。ほんとだ。だから…、そんな顔はするな」
「……」
 今にも泣き出しそうな藤真に、強がりでも何でもない笑顔を見せてやる。
 ずっと伝えずにいた想いが、せめて、ほんの微かでも伝わりますように。

 愛していた。藤真、愛していた。

「もし、また何かあったら……。いや、もう、俺のところなんかに来るような事はしてくれるなよ」
「分かった」
「…そろそろ行くか」
 軽く頷く藤真を促して、トレイをカウンターへ戻し、搭乗口の方へ向かう。

「仙道とは、あれからどうしてる? まだ、連絡とってないのか?」
「うん、まあな。中途半端なままじゃ連絡なんてできないだろ。でも、もう会いに行く。あいつの事は俺がちゃんとする。俺のせいで……ん?」
 それを聞いていた藤真が、クスクスと笑い始めた。
「なんだよ、いったい…」
「悪い悪い。いや、牧は仙道の話をする時、顔つきが変わるからさ。声も変わるな、うん」
「はぁ?」
「好きなんだろ。早く好きだって言ってやればいいのに。待ってるんじゃないか、仙道は」
 図星をつかれて何も言えなくなった牧を尻目に、腕時計で時間を確かめた藤真は目的の場所へ急ぐ事にした。
「いつまで固まってんだよ。俺、もう行くから」
「あ…あぁ」
 藤真に追いついた牧に、藤真はキッパリと言い切った。
「牧は、自覚が足りない」
「なにが?」
「案外、顔に出るんだよ、牧は。気をつけた方がいい」
「はいはい、ご忠告を有り難う」
 お互いに顔を見合わせて笑ってしまった。

 搭乗手続きを促すアナウンスが流れはじめていた。
「じゃ、見送ってくれて有り難う」
「花形は、空港まで迎えにきてるのか?」
「うん、そうだけど」
「それじゃ、伝言を頼むかな。俺は、お前の事は大嫌いだって」
 吹き出した藤真は、「分かった」と一言だけを残して搭乗口の向こうへ消えていった。

 行った。行ってしまった。
 藤真へのすべての想いにピリオドをうつために、ひとつ深呼吸をする。

 藤真を見送った牧は、仙道に会うために空港を後にした。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ロス国際空港へ到着した藤真は、花形との待ち合わせの場所である入国ロビーの中にいた。

 『あまりうろうろ動かずにそこに居てほしい。探し出すから』と、花形から言われているため、人の少ない場所を選んで待っているのだが、なかなか花形は現れてはくれない。
 飛行機は、僅かに遅れたものの、ほぼ予定通りに到着している。
 腕時計で時間を確かめ、ロビーの壁にある時計で時間を確かめるが…。
 会えなかった頃を思うと、ほんの数十分なんてとるにたらない事なのだが、花形は時間には正確なはずである。
(事故…とか。まさかな。道が混んでるんだよな…)
 一人でほおって置かれている不安に、考えなくてもいい事ばかりが浮かんでくる。

 黙って、何も言わずに家を飛び出してから二ヶ月あまり。一度、牧の部屋で会ってはいるし、花形の元へ行くと決めてからは電話も頻繁にやり取りしている。それなのに、落ちつけずにいる。
 知り合ってから、こんなに長く顔を会わせなかったのは初めての経験で、どんな顔をして会ったら良いのか、よく分からない。
 もし、変わってしまっていたら?
 ある訳がない事を、何度も否定しながら、それでも消えてくれなくて、また考え込んでしまう。

「すいません、時間を教えてください」
 後ろから声をかけられた藤真は、待ち人の事ばかりに気を取られていた為、咄嗟には答えられなかった。
 腕時計で時間を確認し答えようとした時に、気がついた。
(違うっ! この声は…)
 慌てて振り向いた先には―――花形がいた。
「は…花形っ!」
「やっと、会えたな」
 そこには、決して自分を裏切らない笑顔の花形がいた。

 やっと…、やっと会えた。

 差し出された手を握り締めたら、軽く抱き寄せられ、そうして、髪にキスをひとつ落としてくれる。
 伝わってくる温もりが嬉しくて、見上げて名前を呼ぼうとした時に、花形の後ろから現れた女性に声をかけられた。
「はじめまして、藤真、健司くん」
「あ…の…」
 花形は手を離し、
「藤真、こちらはホームステイ先の奥さんだよ。ジェームスさんだ」
「あの、初めまして、藤真です」
 何時もの癖で左手を出してしまったが、右手に差し替えて軽く握手を交わした。
 紹介されたその女性は、とても小柄な人で、その後ろに居る人に目を移すと、花形と同じくらいか、もう少し高いくらいの大柄な男性が居た。
 花形の方を向いて答えを待っていると、
「ご主人のジェームスさん。奥さんは、日本人の方で、こっちに帰化されたんだ」
「あの、初めまして」
 紹介されたもう一人の人とも握手を交わした。
 花形は二人に向き直り、藤真を紹介した。

「藤真健司くんです。僕の大切な人です」
 藤真の肩を抱いて、そう告げる花形の声を藤真は、これ以上ないという笑顔で聞いていた。

 花形 透くんは、僕の大切な人です





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