not made to language[1]



He could meet you and it was really good. 
I am glad to be glad and it is not made to language.





 授業が終わりホームルームの時間になった時に、花形は体育館に忘れ物をしていた事を思い出した。
( 忘れてた…。取りに行かなきゃ…)

 いつもの放課後ならば、部活の時も使う体育館に授業中の忘れ物を取りに行く事に問題はない。が、今は学期末試験前と言う事で、部活は禁止、体育館も放課後は開いていない。
 入ってすぐの下駄箱だったかどうかは覚えていないが、中ならば鍵を借りに行かなければいけない。その事自体は特別に面倒な事ではないが、担当教師に小言の一つも言われてしまうのかと思うとその方が億劫だ。
 少しの間考え、鍵は借りずに体育館へ行ってみる事にした。外の下駄箱に置いてあればそれでいいし、そうでなければ、仕方がないが明日にすれば良いと思った。

 表階段を降り、中庭を抜け、体育館へ向かう。
 七月に入っても、まだ梅雨が明けきれていないこの時期は、身体に纏わりつくような湿気が幅を利かせている。じっとりとした汗は、あまり気持ちの良いものではない。こんな時は思いきり身体を動かしたほうがかえってすっきりするように思う。

 目指す体育館の側に近づいた時、中からボールを打つ音が聞こえてきた。
(誰だろ、こんな時に…)
 開けっ放しになっているドアから中を覗くと、
(藤真…?)
 バスケ部で同じ一年生部員でありながら、ひとりレギュラーに選ばれている藤真がいた。

 四月。みんな同じスタートラインに立っていると思っていた新入部員の中でたったひとり、藤真は五月に入った時にはすでにレギュラーに選ばれていた。最初の頃は一年生の仕事になっている掃除当番を一緒にした事もあって、少しは話しをする事もあったが、別メニューで練習を始めた藤真とは、その後は顔を合わせても挨拶をするだけの関係にしかならなかった。
 入学式前日に偶然に出会った二人だけれど、翔陽バスケ部は半端でない程に部員が多く、毎日が目の回るほどの忙しさの中にあっては、離れていってしまっても、それは仕方のない事だった。クラスが違うともなれば尚更だ。

「相変わらず、綺麗なフォームしてる…」
 初めて彼を見た時、無駄のない動き、正確なシュートに思わず見とれてしまった。あの時よりも、気のせいか上手くなっているように見える。
(しっかし、よくこんな暑いところでやってるな…)
 体育館は、正面のドアは開けられているものの、他は床に近い窓が何枚か開けられているだけで蒸し風呂状態になっている。いくらなんでも、こんなところでは身体に良い訳がない。
「おい…」
 声をかけようとした時、案の定と言うべきか、藤真は床に落ちた自分の汗に足をとられたのか、滑ってしまった。
(ほら、やっぱり…)慌てて駆け寄り、
「大丈夫か?」
 声をかけたが、当の本人は、まさか人が居るとは思っていなかったらしく、突然現れた花形を見上げ、痛みも何もないようなきょとんとした顔をしている。
「藤真、大丈夫か?」
「あ? ああ、おまえ…、花形、だっけ」
「そうだよ、立てる?」
「あぁ、大丈夫…」
 花形の差し出した手はとらずひとりで立ち上がった藤真は、足を挫いていたらしく、少し顔を顰めている。
(噂どおりと言うか…)
 それでも、歩き辛そうにしている藤真をじっと見ていることはできず、その脇に手を差し込み、体育館の外へ連れ出した。一人で歩けると言う抗議は無視した。
「体育館は使用禁止だろ? なにやってたんだよ」
「忘れ物とりにきたんだよ。暇だったし、ちょっとのつもりでさ」
「それにしたって、あんな暑いところで…。身体、壊すぞ」
「バカらし。そんなに柔じゃない。壊すもんか」 
 中庭に面した渡り廊下の端に藤真を座らせ、花形はすぐ横にある水呑場でぬらしたハンカチを、体育館の篭もった熱で火照った顔にあててやった。水の冷たさが気持ちよかったのか、藤真は花形の手を払いのける事はしなかった。
(つっぱったり、素直だったり…。忙しいヤツだなぁ)
「だけど、こけてただろ?」
「あれは滑っただけ」
「そうか?」
「そうだよ。汗で滑っただけだ」
 口を尖らせて話す藤真は、やはり噂通りだと思った。
 鼻っ柱が強くて負けず嫌い、勝ち気でつっぱってて生意気…。この翔陽で一年生でありながらレギュラーに選ばれた藤真に対しての回りの感想である。多分に妬みや僻みが含まれているかもしれないが、一年生の藤真が先輩達の中で臆することなく渡り合っていくには、そういう気の強さも必要な事なんだろうと思う。
 花形は少しホッとした。
「だけど…、細いんだから気をつけないと。大事な時なんだから…」
「レギュラーだから?」
「そうだよ、大事なレギュラーなんだから、気をつけないとな」
「たかが一年のレギュラーさ…」
 きっと、藤真の耳にも入っているのだろう。自分自身に対する色々な噂の中身が、好意ばかりではない事に。
「それでも、大事なレギュラーなんだから。まして、スタメンだろ」
 藤真からの返事はなかった。

 もうすぐインターハイが始まる。全国と呼ばれるそこは、どんな世界なんだろうか…。
 ベンチ入りどころか、居残り組にあたってしまった今年は、応援席にすら座れない。悔しいが、全国の雰囲気を今年は知ることができない。
 藤真は…。藤真は、どうなんだろう…。不安になったり…しないだろうか…。
 そう考えた時、自然に口からでてきていた。
「大丈夫だ」
 その言葉でやっと花形の方を振り向いた藤真は、何も言わずにじっと見つめてくるだけだ。
 その瞳にもう一度言ってやる。
「大丈夫。お前なら、やれる」
 穴の開くほど花形の顔を見ていた藤真は、ようやく顔を綻ばせた。
「お前、花形だっけ」
「ああ。忘れてた?」
「覚えてるよ、ちゃんと」
「ほんとか?」
「当たり前だろ」
 すぐに口を尖らせる藤真に、この気の強さがあれば大丈夫だろうと思った。
「お前、変なヤツだな」
「それは、どうも。それより、足、大丈夫か? なんなら保健室に行くか?」
「いいよ。大丈夫。これくらいはすぐに治るから」
「ほんとに、大丈夫か」
「担任でもそこまで心配なんてしないのに」
「そうだろうけど、また教室に戻るんだろ? 行ける?」
 大丈夫だと言いながらも、先に立った花形の差し出した手を取って立ち上がった藤真に、もう一度尋ねてしまう。
「ほんとに、大丈夫か?」
「大丈夫だって。花形ってしつこいな」
「分かった、もう言わない。じゃ、俺、行くから」
 これ以上の気遣いは反って気分を損ねるだけだと思い、体育館の鍵を返してくると言う藤真を残して帰ることにした。



 鍵を返す為に体育準備室へ向かった藤真は、もう一度花形の方を振りかえってみた。
 正門前の花壇の横を歩いている花形の背中は、背が高いからか、離れていても大きく見える。その大きさが見て取れる。
「変なヤツ…。大丈夫なんて言われたの、初めてだ」
 そう呟く口元には、決して不愉快ではない笑みが広がっていく。
「大丈夫じゃなかったら、花形、お前のせいな」

 花形の背中が見えなくなり、藤真はやっと体育準備室へ向かった。