not made to language[2]



 気がついた時には、いつも探していた。遠くにいても、大きく見えるあの背中。


「花形…、風邪?」
「ああ、だから先週は早退してたよ。疲れかららしいけど…」
「そう、なんだ」
「藤真は知らなかったか…」
「ほら、クラスが違うし」 
「でも、珍しいな、花形が休むなんて」
「…だな」


 花形が練習に参加していなかった事に気がついたのは、いつもの朝練が始まってすぐだった。
 あの日―――「大丈夫だから」の言葉ととも心の中に入り込んできた彼を、藤真は、何時の間にか追うようになっていた。
 他の一年生とは別メニューの練習をする事が多く、けれど、離れていても、みんなより頭一つ高く探せばいつでも見つけられる彼は、当たり前のように自分の前に存在するようになっていった。誰にも言われた事のない、けれど、本当は一番欲しかった言葉をくれた花形。
 みんなの中に花形を探し、そこに居てくれるだけで安心する。目で追いかけるだけで良かった。
 それだけだったはずなのに。
 取りたてて用がある訳でもなく、花形を見かけなかった。ただ、それだけの事で自分の中にざわつく何かを感じてしまう。気になるのだ。
 遅刻をしただけなのか、練習に出てこないだけなのか、或いは休んでいるのか。
 クラスが違う事で、確かめられないもどかしさもあるのかもしれないが、気になり始めたことが止まらない。

 藤真は、どうにもならない自分に諦めて、昼休みに花形と同じクラスの長谷川にその理由を尋ねたのだった。

 疲れからくる、風邪…。
 夏休みがあけたばかりの先週末は元気にしていた、ように思う。花形だけでなく、誰でも体調は崩しやすい時期ではあるけれど、早退までして、週明けには休んでしまう程に悪かったとは。
(気がつかないもんなんだな…。見てたはずなのに…)
「何か言った?」
「あ、いや、何でもない」
 声に出てしまっていたらしい。
「じゃな、ありがと」
「あぁ、んじゃ」

 長谷川と別れ、そのまま自分のクラスへ戻り、午後からの授業の準備を始める。
 体調を崩して風邪だと言う花形は、大きい身体のわりには弱かったのだろうか。
(まさか、ね…)
 大丈夫なのだろうか。そんなことよりも、今頃どうしているのだろう…。
 そこまで考えて、ふと思う。
 同じバスケ部とは言え、別のクラスで殆ど話しらしい話しもしない相手である。まだ、知らない事が多い相手。朝練で見かけなかった理由さえ分かれば、これ以上気にする必要はないはずなのに。どうしてなのだろう。
 追い払おうと思っても、一度生まれてしまった心配事はなかなか消えてくれない。

 仕方なく藤真は、生徒用玄関の横にある事務所の公衆電話から花形の家へ電話をかけることにした。

『はい……』
 数回のコールの後、受話器から聞こえてきた声に、間違った番号をプッシュしてしまったのかと思ってしまった。それほどに酷い声の…。
「あ…の、花形?」
『だれ?』
「花形、だよな?」
『え〜と、だれだろう? ふじま、か?』
「花形、声…」
『…ひどいだろ。のどがいたくてさ…』
「大丈夫?」
『だいじょうぶっていいたいけどな。こんなだから…。それより、なにかあったのか? なにかれんらく?』
「いや、さっき、一志から休んでるって聞いたから、どうかなって思って」
『こんなかんじだよ…。それ…』
 聞こえてきたのは、嫌な音のする咳だ。僅かな時間なのに話しをしたのがいけなかったのだろうか。
『ごめん…。それより、ふじまからでんわがかかってくるなんて。やっぱり、なにかあったんじゃ?』
「なにも。なにもないよ」
『ほんとに? ぶかつのこととか…』
「ないない。ほんとに、何もない…」
 何度も用件を聞かれ、今更に思い知らされる。何かがない限り,、電話までかけてその容態を尋ねられるような、そういう関係ではなかった。自分は遠くから見ているだけ。それだけだ。
 まだ遠い関係に、藤真の中に軽い痛みが走る。
『……ま、ふじま?』
「あ、あぁ、ごめん。いつ頃、出て来れそう?」
『あさってくらいにはなんとかいけるようになるとおもうよ…。どうして?』 
「ほら…、練習ができないと困るからさ。皆から、置いていかれる」
『そう、だな…』
「だから…」
『まあね。でも、だいじようぶ、すぐにおいつくから。…ふじまは…』
「なに?」
『いや…。おまえもきをつけろよ』
「大丈夫。じゃ、早くな」
 受話器を戻した時、知らずにため息が漏れた。


 一年生でありながらレギュラーに選ばれたことで、一部であるけれど上級生の中に自分を疎んじる空気がある事や、同じ一年生達にも特別扱いをされている事は、誰に言われるまでもなく自分自身が一番良く分かっている。
 目指すものがあり、それ相応の努力をしている結果として今の自分がいるはずだと、誰にも何も言わせないだけの自信もある。
 あるけれど…。
 一度だけ――張り詰めた緊張感を緩めたいと思った時があった。
 初めてのインターハイを前にして、沸きあがる不安にじっとしていられず、体育館が使用禁止と知りながらもボールを持たずにはいられなかった時。
 何度シュートを放っても満足する事ができずに焦りしかなかったあの時に、きっぱりと言いきられた言葉を、何故か自分は信じる事ができた。重くたちこめた霧が晴れていくような穏やかな声は、心地よく自分の中に沁みこんできた。この声の前では緊張の糸を梳いても良いと思わせてくれた。
 人に弱さを見せ、手を借りて助けてもらいたいとは思わないけれど、安らげる場所が欲しかったのも偽らざる本心だった。
 自分も疲れているのかもしれない。


 花形を求める気持ちが、動き始めてる