不器用な魚たち-5-



「カカ、シさん…、もう離して…」
「だめですよ、今日だけはね。絶対にだめ」
「あぁ…あぅ…」
「許して、やらないよ…」

 両手を額当てで括られ、背を押さえつけられて、後ろからカカシの時に激しさの混じる抽挿が続く。
 頬を畳に押し付けられているから、声は切れ切れにしか出てくれなくて。それでも、カカシの陵辱にも似た行為に、イルカは止めて欲しいと、離して欲しい懇願し続ける事しかできない。けれど、その声も、少しづつ小さくなっていく。
 イルカの耳に届くのは、肉穿つ音と、冷たいカカシの声だけ。
 カカシが何にこんなに怒っているのか判らなくて。
 いつも優しい彼だった。穏やかな笑みを浮かべる彼だけしか知らない。自分がときに声を荒げる事があったとしても、静かに怒りの収まるのを待っていてくれたのに。
 カカシを包む空気が、怒りで紅くなっているのを感じる。

「俺の知らないところで…」
「あぅ…、カ、カカシ、さん…」
「女と楽しそうに話して―――」
「な…何、を…」
「俺なんか、いらないって思ってたでしょ」
「そ……な…い…」
「ええ、何て。聞こえないよ」

 はっはっと荒い息の合間に聞こえてきた言葉に驚く。
 女と話をして。そう言ったのだ、カカシは。ああ、カズメと一緒に居たところを見たのだ。それで怒っていたのだとしたら―――。
 錆びた鉄のような匂いが鼻につく。
 激しいカカシの行為で自分は出血したのだろう。普段は濡れないそこが、妙にねっとりとしてきたから。
 傷つけてしまうまでの激しい行為に及んだのも、そんなにしてまでカカシが怒っているのも、自分が女と話をしていたから。
 嫉妬だ。激しい嫉妬だ。はじめてみる、カカシの激情した姿だ。こんな、目の前が赤く染まるような怒りを、身の内に住まわせていたなんて、今まで知る由もなかった。
 カカシも、普通のひとりの男だったのだ。
 優しいだけではない、怒りも露にする普通の人間。そこには、里が誇る忍びとしての姿はないように思えた。ひとりの男がいるだけ。
 何故か、それがとても嬉しいと思う気持ちが湧いてくる。先程までの、訳の判らない苦痛から、胸に湧き上がるこの気持ちは何と言うものだろう。
 カカシが生身の己を曝け出してくれたから。それが、こんなにも嬉しいなんて。

――― ああ、カカシさん…カカシさん……

 そうして、イルカの意識は遠のいたいった。






 カカシは、ぐったりと身体がおちたイルカから、己の雄を抜き出した。
 息は荒いままだが、それでもイルカの背に手を這わしてしまう。ぴくりとも動かない。
「俺は…」
 なんて馬鹿なことをしたのだろうか。
 みれば、自分の雄もイルカの内股にも紅いものが染み付いている。慣らしてやる事さえせずに突き通し、激しい行為を続けたからに他ならない。
 誰よりも大切なひとなのに。傷つけたいなんて、本当は微塵も思ってやしないのに。
 イルカが女といるところを見かけた。楽しげな顔をしていた。
 軽く手を振って、店の前で別れたから、ひょっとしたら、アカデミーの教師仲間かもしれないのに。それなのに、この頃の、自分といる時よりもずっと楽しそうな笑みを見た時、堪えていたものが猛烈な勢いで身体の中を駆け巡ったのだ。どうしようもないほど大きくなって。
 後のことは殆ど覚えていない。多分、瞬身の術でイルカの家に来たのだと思う。そのまま、両手を拘束して、うつ伏せに背中を押し付けて、後ろから下穿きだけを肌蹴させて突き続けた。

 唇を噛み締める。きつく。天を仰いで、また、目を伏せて。
 このままにしておく訳にはいかなくて、ベストとアンダーを脱いで、それで己自身を拭く。そして、だるい身体を起こして、イルカの両手を拘束している額当てを外してやり、先程のアンダーで、汚れている内股をそっと拭いてやる。
 一通りすむと、台所で水で絞った布で、また、イルカの下半身を拭いてやる。ベストを脱がし、脚絆を緩めて外して、そのままでベッドに横にさせた。
 イルカはまだ気を失ったままで、額に濡れた布をおいてやるが、こんな事をしていても、心に浮かぶのは後悔ばかりだった。
 激情のままにイルカを犯した。陵辱したのだ、自分は。
  手の平を見る。じっと見つめていると、胸の奥からせり上がってくる後悔の波に、今にも飲まれそうな感じだ。

「イルカ先生…、ごめんなさい…」

「良い、んです…カカシさん」

 その声にはっとしてイルカをみると、いつの間にか意識が戻っていた。
 ほっと胸をなでおろし、
「気が付いたんですね、良かった…。俺……」
「良いんですよ、カカシさん…」
 イルカの声はまだ手酷く扱われた疲れがあるために、少し掠れてはいるが、それでもはっきりと話している。
「でもね、俺は…」
 カカシは申し訳ない気持ちで、どうして良いのか判らなかった。
「良いんですって。カカシさんが、意外と嫉妬深いって判りましたから」
 イルカは、笑みを作ってカカシに柔らかく言った。
「俺、それが、何でか凄く嬉しかったんです」
「許してくれるの、イルカ先生…。俺は、酷い事したよ」
「なんか、カカシさんが、とても身近に感じられました」
 カカシにはよく理解しがたい気持ちだったが、イルカは激情のままに抱いた事を気にしないでと言ってくれている。さらに嬉しいとも。
 それが、どこから来る気持ちなのか、カカシには良く判らなかった。
「なんで? なんで、イルカ先生は嬉しいの?」
「カカシさんの生身の姿を見せてもらったというか、まあ、そんなところです。優しいばかりじゃないって。嫉妬もする人なんだって。凄い忍なのに、普通の人なんだなって思ったら嬉しくて…」
 そこまで一気に話すと、イルカは大きく息をついた。まだ、身体が辛いのだろう。
「そうなの…。あのね、先生、一緒にいた女は誰?」
 カカシの一番知りたいのは、実はその事だった。落ち着かないのだ。
「ふふ、カカシさんと昔付き合っていたらしいですよ。覚えていませんか、カズメさんと仰る方です」
「昔、ねえ…。昔の事は後腐れない付き合いばかりしてましたから、情が残るような女はいなかったです。だから、覚えてない、かなぁ…」
「カカシさんらしいですね」
「なんですか、それ」

 ひとしきり二人で笑った後、イルカがカカシをじっと見つめている。何か言いた気で。
「なあに、イルカ先生?」
「俺ね、ずっと強くなりたいって思ってたんです。カカシさんと対等でいたくて。もう、ずっと思ってました」
「イルカ先生は、そのままで充分良いと思うのに…」
「うん、でも、ほんとにそう思ってたんですよ。でも、強い意味がちょっと違うかもって思って…」
 カカシはイルカの話をじっと聞いていた。
「強いって、ほんとは気持ちのことじゃないかって思って…。上手くいえないですけど、カズメさんと話して、そう思いました」
 イルカは上掛の端を両手で握り締めて、天井を見つめながら、一つ一つ言葉を選びながら話す。
「男として、こう、何と言うか強くなってって言うか。腕力自慢じゃないですけど、忍としてもカカシさんと対等になりたいとか、そんな風に、ずっと思ってました。でなきゃ、あなたの側にはいられないって。そんな風にまで思って…。でも、強いってそんな事じゃなくて、カカシさんをどれだけ想っているか。その想いが、どれだけ大きいかって小とが、強さになるんじゃないかって思って…」
 なんか変ですね、と、鼻の傷をぽりぽりと掻きながら、イルカは笑った。

 カカシは、先程まで胸のうちを覆い尽していた後悔の念は今はなく、その代わり、とても温かな思いが満ちてきたいるのを感じた。
 イルカは、イルカなりに、自分たちの関係を一生懸命に考えていたのだろう。階級の違いとか、そんな事をカカシは一度として、イルカとの関係に持ち込んだ事はなかったけれど、イルカにしてみれば、真面目な性格ゆえに、目を逸らす事ができなくて、それが強くなりたいとの思いに捉われていったのだろう。だから、あんなにも可愛いとか言われるのを嫌ったのだろう。
 今なら、イルカの気持ちが判る。
 相手を思うあまり、どこかですれ違っていたようだ。
 なんて不器用な。なんて…。

「俺たち、随分不器用ですね…」
「そう思います。俺なんか、特にですよ」

 カカシは、イルカの側によって、額に当てていた濡れ布を外してやり、髪を梳いてやった。
 また身体は辛くて動かせないだろうけれど、ならば、イルカのできない事を自分がやってあげようと思う。愛しい彼だから。

「喉、渇かない? 水でも持ってこようか?」
「じゃあ、水、下さい。飲ませてくださいね」
「はいはい、俺でよければ」

 カカシは急いで台所へ行って、湯飲みに水を入れて持ってきた。
 イルカの目が、そうしてほしいと言っている。
 一口、水を口に含むと、イルカの唇に自分のそれを押し当てて、口移しで飲ませてやった。
「もう一口、下さい。水が美味しい…」
「はいはい」
 カカシは、また水を口に含むと、口移しで飲ませてあげた。その後、頬にそっと口付けた。

 ふたりが久しぶりに感じた温もりが、そこにあった。