-花冷えはデート日和 その2-
ああでもないこうでもないと選びに選んだランチを食べ終えた後、二人は店を出てぶらぶらと歩いていた。
時折触れる互いの手の甲が、その一瞬だけ熱くなる。けれど、何もない。
熱いのに熱くなれない。もどかしい距離が真行寺には堪らない。
少し風がある街は、陽射しはあるのにそれほど暖かく感じられず、若さだけを煽る。
「アラタさん、寒くない?」
呆れたようにプッと吹き出されてしまう。
何故?
「お子様には、まだまだ寒いですか?」
「あのねぇ、アラタさん…もう…」
何だか納得のいかない真行寺の声を聞きながら、う〜っと伸びをする三洲。
その顔はとても穏やかに見える。
「真行寺は変わらないな」
「なにが?」
「いつも俺の事を気にかけてる」
「そりゃあですね、好きな人の事は気になりますから」
「ふふん」
すると、すたすた歩き出した三洲。
「ちょ、待って!アラタさん、待ってよ…」
直ぐに三洲に追いついて、横に並んで歩きながら。
「今度は何処にいくっすか?」
「黙って着いて来い」
「黙って着いて来いって、そんなぁ、行き先くらい教えてくれたって…」
三洲が横目で真行寺を見上げた瞳は、艶のあるいたずらっぽさがあった。
小さく息を呑んだ真行寺は、何も言えないまま歩く三洲に合わせることしかできなかった。
そうこうしている内に三洲がふっと一軒の店に入った。
続いて入りながら真行寺は。
「ここって…」
去年の7月、三洲の最大級に不機嫌な理由が判らないまま、彼は真行寺の服を選んでくれた。
その店に三洲は、また入って行ったのだ。
幾つものはてなマークを浮かべながら、それでも真行寺は黙って三洲の後を着いていく。
三洲はあの時と同じように適当に服を選び、試着室へ向かう。
「アラタさん…」
振り向いた三洲が中へと顎で促す。仕方なく試着室へ入る真行寺に続き、三洲も一緒に入ってくる。
締め切られた狭い空間。
鏡に映る自分を見る真行寺と、その後ろに立つ三洲。
三洲の指が真行寺の背中をつうっと撫でる。
パーカーを着ているとはいえ薄手である。思わず目を閉じた真行寺は、その感触を追いかけた。
何度か指が背中を撫でた後、パーカーの裾から手が入ってきた。
直接に触れ撫でられる背は、微かに震えている。
真行寺の薄く開けられた唇から零れるものが吐息に変わっていく。
堪らずに振り返り、三洲を抱きしめた。
首筋に顔を埋め、口づけていく。顎に。唇に。
「…んん…」
そっと唇を離し、今度は愛しげに三洲を抱きしめた。
「…アラタさん…」
「うん…」
「アラタさん…アラタさん…」
「ああ…」
真行寺の腕の中で心地よさげにじっとしている三洲は、真行寺の頬をゆっくりと撫でた。
「お前とこうしてるのが一番落ち着くな…」
「アラタさん…」
「こんなところでこれ以上はできないからな」
「あー、やっぱり…」
残念そうに肩を落とす真行寺の首に手を回し引き寄せ、三洲は柔らかく口づける。
若い性をすんでのところで押し留めておくのは、はっきり言って、苦行以外の何物でもない。剣道の稽古の方がずーーーーーっと楽である。
それでも三洲の言う事も尤もなので仕方がない。
先に行けない代わりに、真行寺は三洲をしっかりと抱きしめた。
「そろそろ出ようか」
「あ〜もう、アラタさん…俺、足りないよ〜」
「足りないのはお前だけじゃないだろ?」
「そりゃそうだけど…」
ぷーと膨れる真行寺が可笑しい。
やっぱりこいつはまだまだ子供だ。
真行寺の鼻先にちゅっとキスをしてやる。
すると、嬉しそうに真行寺が微笑む。膨れたり笑ったり、忙しい奴だ。
三洲は思う。
どうして、こんな男を好きになったんだろう?
執着と言う言葉は、自分には一番遠い言葉。いや、自分の辞書になかった言葉である。
三洲新をここまで執着させ、嫉妬等と言う、これまた縁のないはずの感情で振り回してくれる、ある意味、とても厄介な男なのに。
それはきっと、真行寺の言葉が真っすぐで嘘がなく、真摯な心の内を告げてくれるからだろう。
どんなに冷たく辛辣にあたっても、真行寺はひたすらに追いかけてくれた。
心を追いかけてくれた。
敵わないよ、真行寺。
「ん?アラタさん、何か言った?」
「いいや、何にも…」
「ん…、なんか意味深な目してます…」
「そうか?」
「今度は何時会えるのかなぁ…」
「GWくらいなら大丈夫だろ?」
「多分…。てか、部活あるんで家には帰らないす」
「そか。また、電話する」
「はい」
「良い子にして、待ってろ」
「あのね、アラタさん…、いい加減子供扱い勘弁してくださいっす…」
「高校生のくせして」
「ちぇ、一つしか違わないのに…」
そうして、互いに見つめ合い、もう一度キスをした。
と、その時。
「お客様、いかがでしょうか?」
慌ててキスを止め、真行寺は三洲の頭を抱いて、
「はい!もうでます!」
その声が何とも嬉しそうに聞こえた三洲が、真行寺の向う脛を蹴飛ばした事は言うまでもなかった。