手帳の栞はきみのメモ 


-ゴールデン・ウィーク協奏曲 その1-


「それで、休日を何時にする?」
「……」
「間に一日入れて、最終日も休みにして…」
「…うん…」
「真行寺、おい」
「…ああ…うん…」

 駒沢は、またかと思って盛大にため息をついた。

 もうすぐGWである。
 インターハイの県予選は、GWが終われば、まず地区大会から始まる。その前に祠堂では、校内予選がある。
 今年の我らが剣道部は、三年生には強いと評判の真行寺と駒沢。また、他の三年生でもそこそこやれるものも多く、今年の校内予選はさしずめ力試しの感がある。
 しかし、そうは言っても校内予選。たかが校内予選、されど校内予選。
 いくら三年生ったって、枠があるから大変なのだ。ふるい落されでもしたら、何のための三年生なのか。今までの二年間を返せ、と言いたくなるのも心情的には、みんな判っている。 
 だから、去年までと違って今年は馴れあわずに、きちんと校内予選を行いたい。
 その為には、GW期間中の練習が大事になってくる。どこで休日をいれるか。そこが、微妙に要になってくるために、今、部長と副部長は頭を悩ませているのである。
 が、部長である真行寺が、昨日から魂の抜け殻になってしまっているから、駒沢はもうどうしたらいいのか。
 思わず。

――― 野沢さ〜ん…

 心の中で、助けてと言ってしまっても、誰も責められないだろう。



 真行寺が抜け殻になったのは昨夜の事。
 とぼとぼと背中を丸めて階段を上がっていく後ろ姿を見た時は、何か悪いものでも食べて腹でも下しているのかと思った程だった。
 その読みは違ったのだけれど、あまりにもあまりな状態だったので、駒沢は自分の部屋まで引っ張ってきた。
 なにが真行寺をここまで落ち込ませるのか?
 そんなものは一目瞭然、三洲が絡んでいる。言い換えれば、真行寺は、三洲にさえ関わらなければこんなにも喜怒哀楽が顕著にはならない。元来は、単純なお祭り男なのだから。

「三洲先輩となにかあったのか?」
「……」
「お前が黙ってても、三洲先輩が関係してなきゃ、こんなに落ち込まないだろ?」
「流石だよ、駒沢…」
「何があった?」

 真行寺は何を何処から話したものか、ちょっと迷ってしまう。
 さっきまでの電話での会話を反芻する。三洲の名誉のためにも、変な事は言えないし。しかし、その変な事で落ち込んでいるのも事実な訳で。

「GWの予定を聞かれてさ…」
「ああ」
「部の練習日の予定を、大まかだけど言ったんだよ」
「それだけか?」
「どのみち、練習日には会えないからさ…」
「それで?」
「アラタさんが…」

 真行寺の頭が垂れる。
 ああ、蘇るは三洲の声。

「アラタさんが、何か大学のサークルの寄り合いみたいっていうか、親睦会みたいなっていうか…」
「???」
「つまり、二泊ぐらいで親睦旅行があるんだって」
「いいんじゃないか」
「良くないんだよ、それが…」
「???」
「アラタさんは自分の大学のサークルに入ってる訳じゃなくて…、つまり…、別の大学の…何て言うか…」
「お前、もっとはっきり言えよ」
「つまり、相楽先輩が誘ってきてるんだよ…」
「……」
「相楽先輩の行ってる大学のサークルとアラタさんの大学のサークルが交流あるらしくって、それで相楽先輩に誘われたんだって」
「真行寺…」
「先輩には不義理しないアラタさんだから、断れなかったんだって言ってた・・・。それは判るんだ、俺だって…」
「それで」
「で、つい言っちゃったんだよ。相楽先輩には気をつけてって…」

 真行寺はそこで頭を抱えてしまった。
 駒沢は、三年先輩の相楽とは接点がなく殆ど名前しか知らないのだけれど、真行寺から聞いている事を思い出した。
 三洲に片想いしている三洲の先輩。
 しかし。しかしである。あの三洲が浮気する事があるだろうか。とてもじゃないが想像ができない。
 できないけれど、だがしかし。これがもし、自分の恋人ならばどうなんだろう。野沢を信じている気持は本物だけれど、横恋慕している相手と一緒というのは、心配くらいはしてしまうのが人情というものではないだろうか。

「それで、三洲先輩はなんて言ってたんだよ」
「お前とは縁を切るって言われた…」

 もう、俺ってば生きていけない〜。と、よよと泣き崩れる真行寺。
 その姿に呆気にとられる駒沢。
 傍から見れば、ただの痴話喧嘩。しかも、三洲に限ってそんな事ある訳ないのに、この男はどうして両想いになった今でも、しかも自分勝手に振り回されているのだろう。
 確かに、離れているのは辛いのは判るけれど。
 泣き崩れる真行寺を見ながら、これでは当分使い物にはならないなと、駒沢は大きなため息をつくしかなかった。


 その頃の三洲はと言うと。
 真行寺の、
『あ、あの、アラタさん、相楽先輩には気をつけてください…』
 思わずプチンと切れてしまい、
「何だって?」
『いや、あの、だから、相楽先輩はアラタさんに―――』
「真行寺」
『はい…』
「俺は信頼するに値しない人間てことなんだな」
『そんな事いってないです。ただ、相楽先輩はアラタさんの事を―――』
「もういい。お前とはこれまでだ」
『アラタさ』
 『ん』まで聞かずにぶちっと電話を切って、かれこれ一時間。
 三洲の心に湧き上がってくるものの正体は、いったいなんだろう。

 怒り。後悔。哀しさ。

 三つを足して三で割った様な、なんとも言えない得体のしれない感情。
 このモヤモヤをなんとしよう。
 目の前に真行寺がいたら、げしげししてやれるのに。そうすれば、気持ちも少しは落ち着くものを。

「あああ、くそ」

 こんな時はどうすればいいのだろう。
 「真行寺のバカヤロー」と、大声でも出してみようか。
 いやいやいや、そんな事、この三洲新が出来る訳がない。できないからこそ、去年までは真行寺に八つ当たりとかしていたのだから。
 離れてみて初めて知る真行寺の大切さ。
 それは大切の方向性が違うだろうと、何処からかツッコミが入りそうだが、三洲は知らんぷりした。
 知らんぷりしたおかげで、次の日から、真行寺同様に落ち込むことになろうとは、その時の三洲は知る由もなかった。