「あーくん!」
気がついた時には、車のエンジンを掛けていた。
母の声が聞こえた気がしたが、構わずに車をだした。
運転しながら、ナビに葉書に書かれてある真行寺の住所をインプットする。目的地までの時間は一時間。
逸る気持ちをせめて運転に支障がないように押さえても、三洲は前しか見えていなかった。
真行寺しか、見えていなかった。
目指すマンションに着くと、適当なところに車を停めた。
何処をどう走ってきたのか、まるで覚えていない。
葉書をもう一度見て、三階までを階段で駆け上がった。エレベーターを待つ余裕がなかったのだ。
一刻も早く真行寺の顔が見たくて。
三階の305号室。
震えの止まらない指でインターホンを鳴らす。
中からの反応はない。
もう一度、二度、三度、インターホンを鳴らし続けた。
――― 真行寺っ!
早く出てくれと、ドアを叩こうとした時、突然、ドアが開いた。
「はい、誰?」
思わず三洲は、後ずさってしまう。
「アラタさん…」
何か言わなければ。ここまで来た訳を言わなければ。
そう思うのに、三洲は何も言えずにいた。
「アラタさん、やっぱり来てくれたんだ」
「は?」
「中、入って」
真行寺は何を言っているのだろう。
なのに、考えようとする前に真行寺に手を引かれて、部屋にそのまま入った。
通されたところは居間のようだった。
周りを見渡すが、真行寺の他には誰もいない。
何故?
どうして?
真行寺に問いかけようと振り向いた時、抱きしめられた。
「アラタさん、やっと捕まえた」
「お…おまえ…」
真行寺は、三洲の背中を撫でながら抱きしめる手を緩めない。
三洲は、今どうして真行寺の腕の中にいるのか。あの写真は何だったのか。
「真行寺っ、お前、騙したのかっ?」
言いながら腕を振り上げたが、真行寺に難なく捕まってしまう。
「ごめんね、アラタさん…。だけど、こうでもしないと、アラタさん、ホントの気持ちを俺に言ってくれないもの」
「真行寺…」
真行寺がまた三洲を抱きしめた。
この腕の中が、本当にかけがえのないものだったから。本当に大事だったから。大切だったから。
だから、離れる事を選んだのに。
18歳の決意は、三洲にとっては辛いものでしかなくても、すべては真行寺のためを思ってしてきた事なのに。
だから、耐えてこられた。会えなくても。
真行寺がくれる手紙に心を動かされなかったと言えば嘘になるけれど、忙しく毎日を過ごさせて、自分を押さえてきた。
去年、京都で偶然に出会って。次の日に、やはり偶然が真行寺に抱かれるように仕向けてきた時。
真行寺が眠っている間に離れなければ、きっと、縋ってしまいそうで。
限界はとうに超えていたのかもしれない。
三洲は力が抜けたように、抱きしめられたまま座りこんでしまった。
「アラタさん…言って。教えて。俺、バカだから言ってくれないと判んないよ…」
「真行寺…」
三洲が目を閉じると、涙が頬を伝い落ちた。
「俺は…」
「うん…」
「俺は、自分が思っている以上に、執着してしまうんだ」
「うん…」
「真行寺に執着してしまう。お前の事を好きだと自覚してから、それが…どんどん酷くなっていくのが判って…」
「俺は、嬉しいけど…」
「駄目なんだよ…。執着して、しつくして、いつかお前を壊してしまう。そんな自分が怖くて…」
「大丈夫だよ、アラタさん…」
「真行寺…簡単じゃないんだ…」
「ねぇ、アラタさん。俺は、アラタさんが好き。今でも、すっげー好きだよ。誰とも付き合わなかったし、気持ち変わらなかった。アラタさんは?」
「お前の事…を…忘れた事はない…」
「うん、判ってる…。こんな事して、ごめんね」
「真行寺…」
真行寺は三洲の涙をぬぐうと、両手で顔を包んだ。
そっと唇を合わせ、すぐに離れる。
真行寺が微笑む。額をコツンと合わせて、二人は互いの温もりを感じるように抱きしめあった。
三洲は、いきなり飛び出した息子の事を心配している母に連絡をいれた。
今夜は真行寺のところに泊る事、あの葉書は冗談だった事を伝えると、母はほっとしたような明るい声で笑っていた。
その夜、二人は、真行寺のセミダブルのベッドで、時間を忘れたように過ごした。
結婚式の写真は、従姉妹に頼んで撮らせて貰ったとのこと。
あの日の事も、互いに話し合った。
三洲は、真行寺の事を思って嘘をついた事を謝った。
真行寺は、三洲を捕まえたい一心で嘘をついた事を謝った。
二本の糸が絡み合いながら離れ。
けれど、平行線は保ったまま、それ以上は離れていかなかった。
いつか、絡み合う事を信じて。
三洲の卒業で別れたその後の二人のお話。
11月25日〜12月28日