伝えたい言葉 -3-




 プルル…プルル…プルル…


「ん…」


 プルル…プルル…プルル…


「あ、アラタ、さん…携帯…なってる…」
「ん…真行寺のだろ…」
 真行寺の胸に顔をうずめたままで、掠れた声が聞こえる。ゴソゴソと動く身体にしがみつく様に寄り添って、心地よさにまた眠りに落ちていく。仕方なく真行寺は、眠い目を擦って着信音が鳴り続ける携帯をとってみれば、それはやっぱり三洲のもので。
「アラタさんの携帯っす…はい…」
 真行寺の声も掠れている。
「…いらない…」
「また、そんなこと…ずっと鳴ってますって…」
「お前出て…」
「出てって…」
 三洲は一向に起きようとしてくれない。そればかりか、真行寺を離さないように、動けば動くほどしがみ付いてくる。
 嬉しい。心は満たされ過ぎて本当に嬉しい。のだが、こんな可愛い我儘を言う人だったろうか?
 困ってしまい、携帯を開いて目を凝らせば、
「アラタさん、相楽先輩みたいっすよ」
「だから…真行寺がでろよ…」
「もう…我儘なんだから…」
 真行寺はまだ半分寝たままで仕方なく、未だ鳴り続ける携帯を耳にあてた。
「はい…」
『三洲か?』
「あ、あのー、俺です、真行寺です…」
『…………』
 たっぷり1分はあろうかと言う沈黙の後に、
『三洲は? そこにいるのか?』
「や、あの…あ、はい…」
 何となく怒気を含む声に、だんだんと眠気も覚めてくる。三洲は相変わらずであるが。
「相楽先輩、あの…おはようございます」
『だから、三洲はいるのかって聞いてるんだよ』
「えー、はい、変わります」
 なんか怖い。三洲の耳に携帯を当ててやり、
「アラタさん、相楽先輩が…」
 もう、ほんとに嫌々仕方なく、後で覚えてろよという表情で真行寺を見るが、それも一瞬で、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。それだけで顔を紅くさせている真行寺から携帯を貰い、
「はい、三洲です」
『三洲! なんで連絡しなかったんだよ、来るなら来るで一言くれれば空港まで迎えに行ったのに。今朝、知ったんだよ、三洲が泊ってる事。で、今、どこにいる? お前の泊ってる部屋の前に――――――――』
 捲し立てる相楽貴博。三洲は、少し携帯を離してそれを聞いている。真行寺はと見れば、何となく不安そうな表情をしている。それもそうだろう。真行寺からすれば相良は、大先輩でもあり勤め先のオーナーでもあるのだから。
 大丈夫、と口だけで伝えて。
「おはようございます、相楽先輩」
『ったく、心配したぞ。どこに居る? 部屋にはいないよな?』
「真行寺の部屋です。昨夜は先輩後輩で、積もる話がありまして」
 声は掠れていても、すっかりいつもの三洲モードになっている。
『俺と三洲も先輩後輩だろうが』
 二年間と一年間の差です、と喉まで出かかっていたがやめた。相楽は、朝食をと誘ってきてくれた。
「では30分ほどで行きます。一階のカフェですね。それから、真行寺も一緒ですが宜しいですね」
 優等生な返事をして携帯を切る。そのまま、元あった場所へ置くと、三洲は真行寺の胸に頬を寄せる。
 その背をゆっくり撫ぜながら、
「アラタさん、支度しないと…」
「そうだなぁ…じゃあ、起きる前に…」
 もぞもぞと枕元まで身体をあげると、三洲はおはようのキスをした。
「アラタさん…」
 真行寺はドキドキするよりも、ただただ驚いた。
 日本にいた頃は。まだ祠堂に居た頃からも思い出してみても、こんなに甘える三洲は初めてである。
「夢…みてるみたいっす。ホントに、本物?」
「馬鹿」
 頭を叩かれるが、こんなに幸せで良いのだろうかと、かえって不安になってしまう。永遠に一方通行の片想いと、この10何年自分に言い聞かせてきたのだから。
「アラタさん、先にシャワー使って。俺、その間にちょっと片付けときますから」
「判った」
 そう言って、何となく腰を庇うように歩く後ろ姿に、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。
「しょうがないよね…。ずっと…」
 真行寺は懐かしむような笑みを浮かべ、えいっと勢いをつけてベッドから降りた。



 真行寺に案内してもらった処は、オーガニック・カフェと呼ばれているカフェで、雰囲気自体もナチュラルでセンスの良さを感じさせた。
 相楽は、窓際のテーブルに居た。
「おはようございます、相楽先輩」
「三洲〜、携帯鳴らしてもなかなか出ないから心配したぞ」
「すいません、昨夜は真行寺と積もる話で盛り上がってしまいまして、連絡が遅くなりました」
「まあ、座れよ」
 ではと、相楽の前の椅子を引いて三洲は座り、そして自分の隣の椅子を真行寺に勧めた。真行寺は座る前に、飲み物を取ってくるからと三洲にそっと伝え、ドリンク・バーまで向かう。その背を暫く見つめている目の前の一つ下の後輩。
 そんなやり取りを見せられた相楽は、不機嫌でいるしかなかった。

 やっと三洲と電話などでなく直に話せるチャンスがやってきたというのに。そもそも、どうしてここに真行寺もいるのか。少しは先輩に気を利かせて欲しいものだと思いつつも、そんな事を言いだせる雰囲気がない。


 三洲に若林教授への口利きを頼んだあの時から、三洲はきっちりと相楽との間に一線を引いていた。しかも、不機嫌オーラをだしまっくて。なので、電話で話ができる機会があっても、事務的な話のみで、その先へは一歩も進めないまま今日に至る。
 三洲への想いを自覚してから。直接、本人に告白をしたい。そう思うがために、崎からのアドバイスに乗ったというのに。
 もうその機会はこの先永遠にない、ということだろうか。
 初めて真行寺と会った時、彼は言っていたはずだ。「自分だけの永遠の一方通行の片想いです」と。
 しかし、目の前の二人はそんな相楽の気持ちを知ってか知らずか、ごくごく普通の先輩と後輩として接しているようにもみえるし、見ようによってはそれ以上の関係のようにも見えてしまう。
 真行寺がドリンク・バーで二人分の飲み物を持って来た時、そう言えばと気がついた。三洲が何を飲みたいのか聞かずに向かっていたのだ。何が好みで何を飲みたいのかを知っている三洲の後輩。彼らの間で交わされる言葉は至って普通で、そこには何の気負いも感じられない。二人が二人でいる事に何ら不自然さを感じさせないのだ。『所有物』や『永遠に一方通行の片想い』と、彼等はそれぞれが言うけれど。きっとそうなのだろうと思うけれど、その言葉以上の繋がりが二人の間にある事が伝わってくる。
 相楽は、自分は線引きされた外側でしか三洲と接する事がもうないのだと思った。
「三洲、帰国は何時だ?」
「はい、ちょっと真行寺の仕事を見せてもらうので、明日になります」
「早く帰るんだな…」
 苦笑する相楽に、
「これでもやっと取れた休みなんです。帰れば鬼のようなシフトが待ってますから」
 三洲の柔和な笑顔に、やはり苦笑してしまう相楽だった。
 



 三洲が帰国する朝、真行寺の部屋で二人は朝食を取っていた。
「ねぇ、アラタさん…」
「ん?」
 コーヒーを飲みながら真行寺に目をやると、何か言いた気な瞳がそこにある。
「見送りは良いって言ったろ。お前、仕事なんだから」
「そうなんだけど…」
 歯切れの悪い真行寺である。思わず笑みが零れてしまう。
「アラタさん…」
「俺がお前の事を忘れてない事は判ったろ?」
「…うん…」
「俺も、お前が俺を忘れてなかったって判って…」
「判って?」
 どんなに嬉しかったかお前にはきっと判らないだろう、と三洲の形のいい唇がそう語るのを真行寺は黙って聞いていた。そっと目を伏せ、「…だね…」零れるように落ちた言葉を拾い上げ、三洲は真行寺の頬に手を添える。触れあったそこから伝わるものを感じて、真行寺が手が重ねた。


 それから数時間後。
 真行寺は午後の休憩を取るために、部屋に戻っていた。
 三洲と過ごした二日間は、本当に夢を見ているような感覚だった。会えない辛さにようやく慣れた頃だったから、余計に切なさが募ってしまう。
「まったく…罪作りな人だよなアラタさんは…」
 ベッドに横になりながら、もう何度付いたかわからない溜息をつく。ひと眠りでもと思い枕を直した時、何かが指先に当った。
 急いで枕の下に手をやると、封筒を見つけた。
「なんだろ、アラタさんの忘れもの?」
 中に何か入っている。出してみると、それは鍵だった。
 一緒に入っていた手紙には、この二日間が夢じゃなかった事を教えてくれた。

『俺のマンションの鍵。帰国したら必ず来い。  三洲より』

真行寺の瞳に、また涙が浮かんだ。

このお話は『真夜中のうたた寝』の櫻井 香(kou)様が書かれました「アルテミス」の優希の”勝手に続きバージョン”なのです^^;
「アルテミス」を読み終えた後、ある場面が頭から離れてくれなくて、勢いのままに書いてしまいました。
『2』で終わる予定です。…のつもりでしたが、番外編と言う名の『3』に続きます^^;
6月21日〜7月2日