それは多分、小さなボタンの掛け違い。
気がついた時には、手遅れなほど遠くに来ていて。
やり直すには引き返せば良いだけだと言い聞かせても。
動けないままにいるここは何処なのだろう?
来週には、ようやく文化祭がある。
三洲は食堂に一人、遅い夕食をとっていた。箸の進みが遅いのはいつもの事で。忙しさが増すと食欲が落ちてしまうのは仕方がないと、もう諦めている。少しでも何かを口に入れ、後は寝るだけでいい。過労で貧血になって倒れてしまうなんて、7月のあの時だけで充分だ。
三洲は、今日の片づけた生徒会絡みの仕事をもう一度反芻し、明日の段取りを、箸を進めながらぽつぽつと考えていた。
ちょうどその時、食堂に誰か入ってきた事に気がついた。
顔をあげて見れば真行寺だった。
途端にざわざわと羽音のような違和感を胸の内に感じるが、気づかぬふりをした。
部活と文化祭の演目の稽古で彼も今頃の夕食なのだろう。
トレイを持った真行寺が、三洲を見止めて軽く会釈をした。そのまま近くのテーブルに着くのを見届けて、また自分の食事に戻る。
受験勉強にも本腰を入れなければいけない時期にきている。だから、二学期に入ってから、真行寺に対して「絶対に近づくな」オーラを出して近づけさせないようにしている。
あまりに真行寺との毎日が当たり前だったから。自分のテリトリーの中に入れたのは、間違いなく自身の意思で。それを、うつうつと後悔なんてしている暇なんてありはしない。
距離を取りさえすれば。
会わないように、話をしないように、声を聞かないように。そうやって距離を置いていけば、その内に真行寺が側にいない毎日にも慣れてくるだろうと思っていた。そう高をくくっていたはずなのに。
遠くからの会釈だけで真行寺はそれ以上は側にも寄ってこないことに、それが自分で望んだ事なのに。
いつまでも消えない違和感だけが残っている。
落ちていた食欲がさらに無くなって、もう食べる気がおこらない。
小さくため息を落として、立ち上がった時、また誰かが食堂に入ってきた。
見るからに小柄な感じから一年生と判るその生徒は、一人で食事をしている真行寺の前に座り、何か話しかけている。
トレイを持って返却口まで歩く間、彼らの話声を背中に受ける。その声が、やけに弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。
食堂を出ようとして、目の端にその小柄な背中を認めた時、思いだした。
確か、隠し玉のかぐや姫役の生徒じゃなかったろうか。
野沢の言葉を思い出す。
『真行寺が文化部の演目にでるせいで退部させられそうになっている事をきいて、俄然やる気が出てきたんだよね』
だとすれば、真行寺の後を追いかけていても不思議じゃないだろう。
よかったじゃないか。
いつだって俺は真行寺に辛辣にあたっていた。外に出せない溜まった苛々をぶつけていた。真行寺の「好き」と言う気持ちを、思えば利用しているような形で。あいつにも判っていたかもしれない。
けれど、7月のあの頃。どんな事があっても離れていかないと思っていたあいつが、もしかしたら離れて行ってしまうかもしれない不安にかられて、らしくなくあいつの腕をとってしまった。
それなのに、また。
悪い性分だと自覚はしている。すべてを自分の思うようにしなければ気が済まない完璧主義もここまでくれば、自分でも嫌になる。
食堂を後にし、部屋へ戻る道すがら、さっき聞いた真行寺の楽し気な声を思いだす。
こんな扱いにくい俺よりもずっと良いだろう、真行寺にとっても。
他の誰かと楽しく笑い合える方が真行寺には良いだろう。
俺の顔色ばかり伺って、言いたい事も言えない関係よりはずっと良いだろう。
その方が、ずっと。
胃がきりきりと痛んできた。
何だって言うんだよ。
選んだんだ。
今更…。
本編から、勝手に寄り道設定な真行寺×三洲です(^^ゞ。
7月13日〜7月31日