サヨナラは言わないまま -5-



『…それとも他に、食べたいものでもあるのか?』
『それ、誘ってるんすか、アラタさん…?』
『そう聞こえたか?』
『き…聞こえました…』
『ならそうなんだろ…』
 項に回された手で少し引き寄せられ
 腰にまわした手で少し引き寄せ
 そうして触れ合わされた唇は
 どこまでも柔らかかった





 見つめ合ったままだったきっと僅かな時間に、先に耐えられなくなったのは三洲だった。
 逸らした視線は足元に落とされる。
 真行寺が堪らずに口を開きかけた時。

「かぐや姫に連れて行かれたんじゃなかったのか…」
「え…、誰が…?」

 真行寺には三洲が何を言いたいのか判らなかった。
 確かに、劇中では恋慕する相手になるかぐや姫だが、どうしてそれが三洲の口から今問いただされるのか。

「アラタさん、何言ってるんすか…?」
「………」
「もう劇も終わったのに…」
「…真行寺にはこれから始まるんだろ…?」
「何、言って…?」

 会いたくなかった。
 会いたくて堪らなかった。
 声なんか聞きたくなかった。
 声が堪らなく聞きたかった。
 名前を呼ばれたかった。
 真っすぐに見つめられたい。
 だけど、もう見ていられない。

 どんなに言葉を尽くそうとも、回り道をしても、結局は心は真行寺に戻ってくる。
 堪らなくて。
 そんな自分が腹立たしくて。
 もう嘘がつけない自分にどうしようもなく腹が立って。

「…真行寺は、もう…」
「アラタさん…」

 足元に落としていた視線のさきに影が近寄ってきた。
 見上げれば、真行寺が側まで来ていた。
 こんなに近くで見るのは、もうどれくらいになるだろう。
 夏休みの登校日に姿を見かけてからは、ずっと遠ざけていた。
 離れるために距離をとって。
 真行寺が邪魔だと、そんな言い訳ばかり考えてきたけれど。

「真行寺…」
 これ以上見ていられなくて、目を閉じた。自分がどんな顔をしているかまるで気づく事もなく。
「アラタさん…」
 真行寺の手が頬に触れながら、横に座ったのがわかった。
 マメができていて決して柔らかくはないその手のひらの温もりが、こんなに愛しいなんて思わなかった。いや、本当は知っていた。知っていたからこそ、心は誤魔化すことができずに、結局は欲していた。
 手に頬を擦りよせて、そっと目を開けて見れば、真行寺の切ない瞳がそこにあった。
「そんな顔しないで…」
「…真行寺…」
 真行寺の手が三洲の顎を心持ちあげ、そっと口づけた。
 触れ合うだけのキス。
 ただ、それだけなのに互いの微かな体温が伝わっていく。伝わったその先から固くなっていたものが溶けていくのを、三洲は感じた。
「アラタさん…大好きだよ…」
 零れる言葉を触れ合う唇で伝える。もっと。三洲の言葉は発せられず、代わりに舌を差し入れ真行寺が欲しいと応えていく。

 ひとしきり、互いの唇の甘さを感じた後、三洲は真行寺の肩に頬を寄せた。
 三洲の腰を引き寄せて、
「俺、ここにいていいの…?」
 肩に乗せた重みが頷く様に動いて、それが堪らなく嬉しかった。
「俺さ…アラタさんのこと…すっげー好き…」
 今更だけど、凄い好き。
「ああ…」
「アラタさん…また、ちょっと痩せた?」
「どうして…」
「うん…、あんまり食べてないの知ってるから…」
「お前は、俺の母親か…」
 三洲が可笑しそうに笑う。何の邪気もない声音で。
「だって…すきな人の事は気になるから…」
 ずっと見てたよ、俺は。
 そう言った真行寺の顔を見つめた。

 一年前までは、まだまだ幼いただのガキだと思っていたのに、いつからこんなに大人びた表情をする男になっていたのだろう。
 二人の間にある絶対的な学年差。三洲は、いつもそれを嵩にきて高圧的に接してきたけれど。
 真行寺はそう言う事もぜんぶひっくるめて、気がつかないうちに一歩一歩成長していったのだろう。
 多分。
 知らず知らずの内に、真行寺のそういう部分に焦りを感じていたのかもしれない。
 いつか去って行ってしまうかもしれない不安に、ただ漠然と。
 だから、もう一度確かめたかった。

「俺の事が好きか、真行寺…?」
「当たり前じゃん…。好きでなくなったらなんて、弱音吐いちゃったことあるっすけど…、けど、やっぱりアラタさんが一番だから…」
 三洲の唇が「俺も」と動いてくれたけれど、声になって零れてはこない。
 そんな三洲がとても三洲らしくて、真行寺はその少し痩せた身体を抱きしめた。


 一年前はいつだって三洲を追いかけていた。
 今でも追いかけている。
 時間の流れの中でそれは形を少し変えたことを、二人は知った。
 三洲も真行寺を追いかけている。

本編から、勝手に寄り道設定な真行寺×三洲です(^^ゞ。
7月13日〜7月31日