夏合宿協奏曲-3-



ビイーーーーーーーっ!!!!

 紅白戦の最中、監督の笛が体育館に鳴り響く。
「お前等っ、何やってんだよっ。そんなに簡単に抜かされたんじゃあ話しにならんっ!!!」
 そして、容赦ない言葉がミスをした選手に襲い掛かる。

「なんで藤真は、まだこんな時期なのに、あんなに入れ込んでんだ?」
「あれじゃ、二年生の奴等、萎縮しちまって、走れないじゃん」
「何か知らんが、藤真の奴、気が立ってるようだな」
 二年生主体の紅白戦の審判をしている藤真は、試合が始まってからと言うもの、普段ならば軽い注意ですませるようなミスにまで当たり構わずに怒鳴り散らしている。
 おかげで、二年生や一年生は、ピリピリして余計に動きがぎこちなくなり、更に藤真から叱責を食らう羽目に陥っている。相当な悪循環である。

 長谷川、高野、永野、花形たち三年生レギュラー陣は、一休みしながら下級生の試合を見ているのだが、藤真の厳しさにこそこそ話しに余念がない。
「何かあったのかな?」
「最近、寝られないとか言ってたしなぁ」
 そこで長谷川は、ふと思い出したように、
「花形は、藤真のご機嫌斜めの理由、知ってるか?」
「いや…、見当もつかん…」
「本当に?」
 表情を変えず、じっと花形を見つめたまま念を押す長谷川の視線から逃れるように、
「ああ、何でか判らん…」
 そう返事をしながら、まだビリビリしながら下級生に指示を出している藤真に目をやった時、ふと藤真から「お前って、淡白だな…」と言われた事を思い出した。
 寝ぼけた頭で聞いたその事と藤真の機嫌の悪さには何か関係でもあるのだろうか。どうにも、よく判らない。
 連日の暑さのせいか、はたまた練習が厳しいせいなのか、いつものような頭の冴えがない花形だった。

 気が付くと、長谷川、高野、永野がじぃ〜っと自分を見ているではないか。
「ななななんだよ、皆して。俺の顔に何か付いてるか?」
 高野が最初に口を開いた。
「何にも付いてないけどな。でもな、思う訳よ」
 次に永野が、
「主将の機嫌が悪かったら、こっちまでピリピリして困るだろ。だからな」
 最後は長谷川である。
「ここは一つ花形に犠牲に、ではなくて、副主将のお前に主将の機嫌の悪さの原因を追求してもらい、部の平和を保てるようにしてほしい」
 そうして「な、判ったな。頼んだぞ」と三人の大男に詰め寄られて、流石の花形も後退りするしかなく、「わ…判ったよ。藤真と話すから…」と断れないのだった。
 三人は、本当にホッとして肩の荷がおりたような表情をした。
 それを横目で見ながら、花形は理不尽な思いに駆られながらも、それとは別のところで藤真を心配している気持ちもあるのは確かだった。
 何が彼をあんな風に怒らせているのか。この極度の緊張感の裏側では、いったいなにが起こっているのか。調べる必要もあるのは確かである。

―――いったい何が原因なんだろ

 明後日の方向を向いて考えていると、その間に紅白戦が終わったらしく、終了の笛がビビビィッとこれまた容赦なく鳴り響く。すると、休憩中の四人に向かってスタスタと藤真が歩いてくるではないか。思わず緊張してしまう四人だった。
「次の紅白戦の審判、誰か変わってくれ。俺、ちょっと頭冷やしてくるから。暑くってやってらんねぇよ、ったく」
 ならば俺が変わりにやろうと長谷川が笛を受け取り二年生の所へ走っていくと、残った永野と高野に花形は(藤真を追いかけろ)と顎でホラとばかりに指図され、仕方なく藤真の後を追いかけていった。

 藤真は水呑場で顔を洗い、ついでに頭も洗って一息ついていた。
「ふぅ〜、ったく暑いのなんのって…」
 そこへ皆からの熱い期待を込められて送り出された花形が近づいてくると、チラッと見ただけで、また遠くの方を見ながら溜息をつくのだった。
「どうした藤真、今日は何かやけに気合が入ってるな。異常に神経質になってるって感じもするし。みんなピリピリして…」
 花形の心配の声を聞きながら、

―――呑気なヤツ…。悩みなんかなくて羨ましいよなァ・・・

 そして、また溜息をつく藤真である。
 花形はこんな時の藤真には、側にいるだけで必要以上には何も言ってこない。何も言ってこないので、何か言い返してやりたくてもそれができない。ムカツクくらい悔しい。
 しかし、そんなところも含めて花形の全部を好きになった藤真なのだが、きっと自分の悩みなんか知る由もないだろうなと思うと、ちょっと情けなくもなってしまうのだ。一生判らないかも、なんて思うと、さらに落ち込んでしまうのだった。
 もう、どうでも良いや、と言うような溜息一つついて、花形に「ちょっと散歩してくるわ」と言い残して、”散歩道”と立て札のあるところを歩きはじめた。花形はと言うと、残っていても仕方がないので黙って藤真の後をついていく。
 二人だけで体育館や宿舎から離れてどんどん歩いていくと、ポツポツとバンガローが目に付く場所まできていたのに気づく。その一つに藤真が近づいていくではないか。後から一緒についていく花形にしてみれば、何か悪戯でもしやしないかと思うと気がきではない。しかし、藤真はそんな心配をよそに、バンガローのドアの取っ手を握ると何やらガチャガチャさせ始めた。花形は慌てて、
「藤真、止めろってっ」
「花形静かにしてろよ」
とかなかとか言っているうちにバンガローのドアがさくっと開いたのだった。
 藤真がひょいと中を覗くと、中は八畳位の広さのフローリングの部屋になっていて窓が二つ、カーテンまでついてある。なかなかにこざっぱりとした造りになつている。藤真はへぇ〜、とか、なるほどねぇ、とか、他にも何かぶつぶつ言っていたかとおもうと、突然、後ろ手にドアを閉めて、これから中を見ようかと思っていた花形に向き直った。
「あのさ花形、今夜のミーティングなんだけど、皆なも疲れてる頃だからなしにしようと思うんだ。で、二人だけで体育館でちょっとやりたい事があるんだよ。良いかな?」
「やりたい事って?」
「うん…、その時に話すよ、大事な事だから、皆なには内緒な」
「でも、それじゃ皆な納得しないんじゃ…」
「大丈夫だって、上手く話すから。花形は何も心配しなくて良い。俺がちゃんとするから。な、花形」
 先ほどまでのピリピリ感がなくなったばかりか、何かを思いついたらしく目がキラキラとしている。こういう時の藤真には要注意なのだ。何か突拍子もない事を考えているに違いない。違いないのに、それ以上追求できないものが花形にはあった。

―――ま、良いか、機嫌がよくなった事だし…

 そう、藤真の機嫌の悪さをおさめるのが、今の花形の仕事だったからである。
 心の中に何か言い知れぬ不安を抱えたまま、ルンルンと体育館に戻っていく藤真の後を着いていくしかない花形だった。