恋愛事始め -3-



 うう〜む…。どうしよう、電話をしようか、っていってもなぁ…。なんて言えば良いんだか。

 電話の前を行ったり来たりしては思い悩み、睨めっこをしてはため息をつきながら部屋へ戻り、しばらくすると、また部屋から出てきては電話の前で考え込んでいる。
 花形へ電話をかけて、今日、ホームで見た事は誤解だと言わなければいけない。 好きなのは花形の事だけ、あれは足を滑らせただけだと。 変な気を起こされては困るから……。
 と、ここまで考えて、はたと思う。
 だいたい、花形がどうして怒ったような顔をしていたのか、その理由を知らない。 ひょっとしたら、こちらを向いていただけで、全然関係のないところの原因があったのかもしれないのだ。 誤解だなんだと言っては変ではないか。 何だか、とても不自然なような気がする。 そう考えると受話器をとることができなくなる。 今一歩が踏み出せない。

「健司、お前、動物園の熊みたいに、何をそんなにうろうろしてるんだよ」
「ああ、いや、なんでもない。ちょっと運動してんの。おやすみなさい〜」
 帰宅してからと言うもの、そんな事を繰り返している為、親からは変な目で見られてしまっている藤真だった。

 こんなに悩まなければいけないのは、ひとえに花形に気持ちを伝えていないから、花形の気持ちが何処にあるのかを知らないからだ。
 これはかなり重症だと思う。 こんな事ばかりを繰り返していては、集中力も途切れたりして身体にも良くない。牧も言っていたように、ここは当たって砕けてみたほうが良いみたいだ。 果たして、そんな事が自分にできるかどうかは分からないけれど。

「明日、朝練の時…にで…も…」
 ベッドへ寝転がっていたら、あまりに悩みすぎて疲れてしまっていたようで、何とも瞼が重い。
「花…形…おやす…み…



 一方、花形はと言うと、こちらも相当に悩んでいたのである。

 藤真と牧と仙道と…。 特別合宿で一緒になったりしているくらいだから、知らない間柄ではない事は承知しているが、公衆の面前で抱きつくなんて…。ああぁ〜〜〜、なんだって、また…

 ようやく、自分の気持ちに気がついたと思ったら、その相手には、別の相手がいるようで。しかも、それが海南の牧…。
 いや、待てよ。 ひょっとしたら、今日みかけた光景は目の錯覚だったのかもしれない。角度的にそんな風に見えていたのかもしれない。 好きだと言う気持ちが、非現実を見せてくれたのかもしれない…。
 しかし、どこをどんな風に考えをめぐらせても、たどり着くところは一つだけで、あれは、やはり藤真が抱きついていたようにしか見えない。
 部屋の中を、枕を抱えてゴロゴロゴロゴロ転がりながら、ああでもない、こうでもないと悩み続けている花形だった。

「お兄ちゃんっ!!! 暴れてないで、静かにしてよねっ!!!」
「は〜〜〜い」
 階下から飛んできた声になんとも情けない声で返事をし、転がるのを止めるが、頭の中はまだ転がっている。

 こうなったら仕方がない。自分一人で考えていても答えが出てくるわけじゃないから。
「明日、藤真に聞こう。 それが一番良いかもな」
 いまだ解決はしていないが、その糸口が掴めたかもしれないと思ったら、急に睡魔に襲われ始めた。
 そう言えば、今日はずっと悩んでばかりいた。 おかげで、普段よりも、数倍疲れているらしく、身体をそんなに動かしていないのに、どんよりと曇った気分で、全身がダルくて重い。
 こんな日は、寝てしまうに限る。
「おやすみ…藤…真…



 翌朝、腫れぼったい目をした花形と藤真は、部室で顔を合わすことになった。

「花形」「あ、藤真」と同時に呼び合い、お先にどうぞとこれもまた同時に返事をしてしまい、譲り合ってしまう。
 気まずいような、何とも言えないような沈黙の後、それでも黙っていても埒があかないので、何かを言おうと藤真は花形を見上げる。
 間近に藤真に見つめられた花形は、昨日までとは打って変わって、言葉が出てこない。意識をしてしまうからだ。仲間であり、友人だと思っていた時には何でもなかったことが、さっぱりダメになっている。

 うっ…、なんて可愛いんだ。長い睫、淡い色の瞳、白い肌に映える薄く色づいた形の良い唇…。 
 キスしたら、どんなにか…

 突然、降って沸いたような考えに花形は、慌てふためいてしまった。ほぼぼぼぼっと、まるで茹ダコのように真っ赤っかになってしまったのである。

 あわわわわっ、お…オレは、なんてことを!!! いくらなんでも、藤真が嫌がるだろ?

 目の前で繰り広げられている花形の百面相に、藤真は何が何だかわからない。何だって花形は赤くなっているのだろうか。自分と同じ意味??? 
(まさか…)と思うものの、でも、一応、聞いてみようかと声をかけようとしたとき、
「ダメだ…」
「え?」
「できないよ、オレには…」
 そう言い終えると、花形は部室から飛び出していってしまったのである。
「なんなんだ、あいつは?」
 残された藤真は、花形が残していった言葉をどう受け止めていいのか分からないでいた。

「ダメって、何が? できないって、何がだよ?」



 藤真にキスがしたいなんて…、オレは何て事を考えてしまったんだろ。申し訳なくって、顔が会わせられないじゃないか…。おまけに、間近に顔を見ただけでカカカと熱くなってくるし…。信頼してくれているのに…。あああぁぁぁ〜〜〜。バカだよなぁ〜、まったく。はぁ〜

 藤真の前から逃げ出してからの花形は、授業に出ではいるものの、心はどこかへ飛んでいってしまったようになっている。傍からは、もぬけの殻状態に見えてしまうほどだ。
 頬杖をついて、窓から見える空をぼんやりと眺め、流れる雲に思いを馳せてはため息をついている。誰かが声をかけても上の空で返事をし、時々、思い出したように頭を抱えては唸り、また黄昏ている。
 あの長身に似合わないほどの何事にもてきぱきと事を進め、ピシッと決める花形が、である。
 いったい何があったんだと、同じクラスで同じバスケ部の長谷川は、クラスの連中にうんざりするくらい何度も聞かれるのだが、「知らん」と答えるしかできない。

「花形はどうしたんだよ」
「さあ…、今日は朝からずっとアレだからな」
「それより、藤真の方は?」
「ああ、藤真のほうも、なんか変なんだよな」
「ケンカでもしたのか、あいつら」
「いや、それは、ないみたいだ」
「あの二人がケンカしたんなら、もっと違うだろ。もっとピリピリしてるはずだ」
「だな。藤真の目がつり上がってなかったもんなぁ」
「じゃあ、何があったんだろ?」
「花形は、昨日も変だったし」
「何があったんだ?」
「さぁ…」

 長谷川、高野、永野は、困っていた。
 朝練が終わった時は気がつかなかったけれど、一時間目が終わった頃から花形と藤真のどちらも様子が変なのである。二人の間に何かがあったらしいと言うのは分かるのだが、その原因が見当たらない。
 花形と藤真のいつものケンカなら、二人とももっとピリピリとしていて、周りの者は、さわらぬ神に崇りなしとでも言うように、遠巻きに見ているものなのだが。
 いや、今回も遠巻きに見ているのは変わらないのだが、空気がピンと張り詰めたようなピリピリ感がないのである。ぼけっと悩んでいるだけにしか見えないのである。


 同じ頃…。

 藤真は考えていた。花形が言った「ダメだ。できないよ」のその意味を。
 しかし、いくら考えてもデータがあまりにも少なすぎて、答えが出てこない。
 花形は、何が言いたかったんだろうか。何がいったいダメで、何ができないんだろうか。
 昨日、あのホームで見たかもしれないアレが原因だとしたら、牧にくっ付いていたからダメで、自分ではあんな事はできない、そう言ったのだろうか。
「まさか、ねぇ。花形が牧にくっ付くなんて。そんな事、ありえんわな」
 ああでもない、こうでもないとどんなに考えても迷路の中から抜け出せない。
 仕方がない。やはり、ここは思い切って花形に聞いたほうが良いだろう。他に手立てはないのだから。
 よっこらしょと重たい身体に鞭打って、花形の教室まできた藤真は、ひょいと教室の中を覗き、花形を確かめる。

「あれ、藤真じゃん」
「しっ。声が高い。ここは、声はかけない方が良い。」
「なるほど」
 長谷川、高野、永野は無視しながらも、しかし、耳はしっかり”ダンボの耳”状態にして、二人の行方に聞き耳をたてていた。

 何を思ったのか、花形も教室から出て行こうとして、ドアまで歩いてきたのだが、
「あ、花形」
 その声に顔をあげた花形は、そこに藤真を見つけ立ち止まる。
「藤真…」
 視線は、藤真の唇に自然に引き寄せられ、その瞬間……。
「…花形?」
 まるで、ぱふん、とそんな音が聞こえたかのように顔を真っ赤にさせてしまった花形。
 きょとんとあどけない表情を見せる藤真に、またしても邪な想いが湧き上がってきてしまい、しかし、このままではいけない、何か言わなければと思うのだが、口はぱくぱく動くだけで、上手く言葉になってくれない。
 やっとの思いで口にした言葉は、「ごめん」と一言だけ。そうして、また、藤真の前から逃げ出してしまったのである。
 あっけにとられる藤真。
 最初は何が何だか分からないでいたが、花形に二度までも逃げられてしまい、少なからずショックを受けてしまっていた。
「ごめん、て何がだよ。分からないよ、オレには…」

 悩んで悩んで、どうしようもなくなって訳を聞こうとしたら逃げられる。こんなに気にかけて、悩んでいるのに。しかも、二度までもだ。
 そう思うと、ふつふつと込み上げてくるものがある。先ほどのショックは何処へやら、無性に腹が立ってきて仕方がないではないか。
「上等じゃねえか。こうなったら、何としてでも追求してやるっ!!!」
 言い終わらないうちに、花形を追いかけていった藤真だった。



 長谷川は、とても察しのいい男だ。
 普段の花形と藤真は、まじめな性格ゆえの意見の衝突があったとしても、そんな事は些細な事でしかないほどに本当に仲が良い。
 そんな花形と藤真の間に微妙な変化が見られる。朝練の時には、気がつかなかったけれど、さっきの花形の態度でピンときてしまった。行き着くところは一つしかないはずだ。いつもは余裕で藤真の事を受け止めている花形なのに、不思議なものだとしみじみ思う。
 もし、この考えが当たっているのなら、これはもう本人達に任せるしかないだろう。
 人の恋路を邪魔する奴は何とやら…と言うし。

「あの二人、どうなってんだ?」
「やっぱり、なんか変だ」
「何とかなるだろ。ほっとけば良いよ」
「そうかなぁ」
「いいんだよ、ほっとけ」
 そう言いながら含み笑いをする長谷川に高野と永野は、またしても”?”マークを浮かべるしかなかったのである。