言の葉 -4-

 抵抗しない藤真に顎を掴むことは止めても尚激しく口付け、舌を絡み合わせて吸い上げる。濡れた唾液の音が卑猥に耳に届き、さらに欲情させられる。
 甘い唇に、柔らかな舌に、気の遠くなるような快感に痺れながら、藤真の股間を弄りペニスを握り締める。固く屹立し始めていたそれは、容易に探り出せた。
 と、その一瞬、藤真が息をつめた様だが気にかけてやる余裕はなかった。
 口付けを続け、ペニスを扱き始めたがまだ濡れていないそこは滑らないせいもあって藤真が小さく呻く。耳障りな声に、仕方なく手のひらを自身の舌で濡らしまた扱いていく。
 目を閉じたままの藤真の眉間に皺が寄せられているのが目に入ったが、そんなことはどうでもよかった。鎖骨に目を移し、紅く色づいている痕を見つめた。
 自分以外の男につけられた痕。藤真はお前だけのものじゃないとでも言いた気に、紅い痕が嘲笑っている。くらくらする。
 何もかもがどうでもよくなるくらいにくらくらしてくるこの感覚は、深い闇に潜む暗い憎悪のような嫉妬だ。強烈な勢いで増殖してくる。
 認めてやろうじゃないか。
 本心を問いたださなかったのは、何も藤真に言わなかったのは、別れを言い出されることが怖かったからだ。もう好きでも何でもないんだと言われる事が何より辛かったから。見て見ぬふりさえしていれば、藤真からは何も言い出せないと思っていたから。
 なんて臆病な自分。だから、こんな他人が藤真に付けた紅い痕を見せられてしまうのだ。
 悔しくて、情けなくて、それ以上に藤真を誰にも渡したくなくて、その痕の上に口付けた。何度も何度も強く吸い上げ、己の印をつけた。
 いったい、どれくらいこの身体を抱いていなかった?
 自身のつけた紅い痕を指先で確かめるように撫でて、それでも物足りないものを感じ、その衝動に駆られる様にさらに紅い痕の上に口付ける。その横にも、胸の辺りにも口付けていく。そうして乳首を口に含むと、舌先で転がしたり歯を立てたりもしてみた。
 藤真はどんな顔をしているか知りたくて上目遣いで見たけれど、ずっと固く目を閉じたままで、何かうわ言を言っていた。
 また口付けながら、臍の周りに口付けて、下の方へと唇をずらしていく。
 下生えの中から握り締めているペニスの根元に口付ける。
 シャワーを浴びた後とは言え、藤真の男の匂いに眩暈がしそうだ。
 扱いているペニスからはすでに先走りの蜜が溢れていていやらしい音を立てている。二人の息遣いだけがきこえる部屋の中で、そこだけが淫猥な響きを持っていた。
 濡れそぼるペニスの先端に歯を立てると、藤真の口からは嬌声が聞こえてきた。親指の腹で強く撫でてやると、背中がまるで魚が跳ねるようにしなった。
 
 感じている。
 藤真は自分の愛撫に感じている。
 そう思うと自信のペニスが固く屹立してくるのが感じられて、身体が震えた。
 藤真の中に入りたい。
 自身も限界がきている。藤真を俯かせ両手で尻を持ち上げる。藤真の秘所にペニスを宛がうと、ならすこともしてやらずに一気に押し入った。
 藤真の背中がしなる。その背を手で押さえつけ、下腹に回した腕で尻が下がらないようにして、そうして打ち続けた。
 まるで獣の交尾のような交わり。これは陵辱だ。辱め、犯している。そこには憎悪や己の弱さしかないはずなのに、別の想いも確かに存在している事も感じる。

――― なんだっていうんだ、いったい…

 何度か抽出を繰り返した後、藤真の中に自身の欲望を吐き出した。
 そのまま藤真の背に覆いかぶさるようにして、ふたりして倒れこむ。荒い息の元で、藤真の髪を梳いてやると、吐息にも似たため息が聞こえた。艶のあるその声に刺激されたのか、藤真の中にまだいる自身のペニスが頭を擡げ始めたのが判った。
 また藤真を抱え上げ、突き始める。
 藤真を後ろから二度犯した後は、仰向けにさせて足を開けさせて、さらに犯した。何度も。

 どれくらいの時間がたったろうか。
 シーツは二人分の精液で汚れ乱れてしまっている。
 そんな中で最後は、胡坐をかいて座っているところに藤真を跨がせて突き続けた。もう藤真は意識は殆どなく、背を持っていてやらないとそのまま倒れてしまいそうだった。その間にも半開きになった口元は何かを言っている。聞き取れにくいそれに耳を近づけてみると、うわ言のように呼んでいたのだった。
 自分の名前を。
 花形、と。透、と。
 胸の奥が痛みで痺れる。涙が溢れ、愛おしさが込み上げてきた。暗い中を一筋の光がさし、まるで波紋が広がるように暗闇を押しのけて光が満ちてくる。
 突き上げながら藤真の頬にくちづけて、
「藤真……藤真……」
 愛している。心の底から愛している。



 窮屈な格好のままに花形に突き上げられながら、しかし、心は満たされていた。理不尽な行為だと判っていても、心も身体も正直だ。嫌じゃない。
 今まで何があっても何を見せようと、肝心な事には目を背け一切何も一言も言ってくれなかった花形が、ずっと冷たい目でしか見てくれなかった彼が、本当は心の奥底では激しい感情に支配されていたことが理解できて、それが酷く嬉しかった。胸が熱くて、頬を伝い溢れ流れるものが涙だとしても恥ずかしいとは思わない。
 慣らされずに身体の中に押し入られても、花形が入っていると思うだけで、それだけで身体の芯が震えてイきそうになる。ペニスの根元をきつく掴まれて、結局は達することができなくても、むず痒い背中には快感の波しか流れない。
 何も言わないことが思いやりなのだとしたら、そんなものはいらない。間違っていると思っているのなら言って欲しい。抱かれてくる事が嫌なのなら、そう言って欲しい。ただただ、叱って欲しかった。非難の言葉さえも受け入れられるのに。
 花形が、今どんな気持ちで自分を抱いているのか。いや、犯していると思っているかもしれない。それでもいい。ぶつけてくれる想いがあると判ったから。
 身体の中の花形が、また固くなっていくのが感じられる。それが嬉しくて堪らない。
 ああ…。ああ…。
 頭の中が白くちかちかして意識が離れていく。
 その一瞬、聞こえたのは自分の名を呼ぶ花形の声。
 ああ…、もっと、もっと側に来て…。








 ピチャピチャと頬を濡れたもので撫でられている。なんだろうか、とても気持ちいい。
 何か、水音のようなものが聞こえる。でも、まだ白く。
 けれど、それも長くは続かなくて。霞がかかっていたものが少しづつ晴れていき、最初に見えたのは白いタイルだった。水音はシャワーの湯音のようだった。
「…ん……」
「気が付いたか、藤真…」
 耳に馴染む少し低めの声。
「ん…はな…がた…」
 花形がすぐ側にいる。声のするほうに顔を向けたいのに、酷く重くてままならない。
「そのままの方がいい。じっとしていて…」
「うん…、でも、見たい…」
 頑張って首を動かそうとしていた時、頬を濡れた手が支えてくれて、顔を向けさせてくれた。
 メガネをかけていない花形がいた。微笑んでいるような、申し訳ないような、なんともいえない表情をしている。
「大丈夫かな…、お湯が沁みて痛くない?」
 そう言いながら、肩に緩くシャワーの湯をかけてくれる。肌で感じてわかるのは、湯が臍の辺りまで張られていると言うこと。それに、首には腕が添えられていて。まるで、子供のように半身浴をされられているみたいだ。
 身体は少しでも動かそうとすると痛みで悲鳴を上げそうだけれど、それ以上に心の中は良い感じで満たされている。
 また頬を、花形の濡れた手が撫でてくれる。その手に自分の手を添えて握ってみた。力が上手く入らなくてもどかしさはあったけれど、でも、心地よさが勝っていた。
 だから。今言わなければ、今を逃してはいけないと思った。

「ずっと…」
「ん?」
「ずっと長いこと、ほんとにごめん」
「……」
「牧との事、ずっとごめん。好きだからとか、そういう気持ちはなかったんだけれど。でも、やめることもできなかったんだ。花形の気持ちを知って、自分も花形の事が好きだって判って…。あの時はほんとに…すごく嬉しかったぁ…。なのに、ご…いっ痛ぅ…」
「どこが痛い? 大丈夫か? あんまり無理するな」
「うん、平気、平気だよ。だから聞いて」
 その間、花形は湯に浸したタオルで肩を撫でてくれている。
「ずっと後ろめたい気持ちがあって…悪いことしてるって自覚があったのに…でも止められなくて。花形が気が付いてるなって判ってたのに、それでも止まらなくて…」
「なぁ藤真…俺はね…」
「先に言わせて…」
 縋るように花形を見つめると、判ったという様に首を縦に振ってくれた。
「俺、ずっと…言って欲しかったんだ、花形に。止めろって。俺のもんだって。誰のものにもなるなって。ずっと言って欲しかったんだ…。だから…だから、それで…」
「もう良いよ、藤真。きっと俺がいけなかったんだよ」
「違う。違うだろ。いけなかったのは俺のほうだから」
「なぁ藤真、俺は…、ずっと俺にはね藤真だけなんだよ。だから、何か言って離れていかれるのが怖かったんだ。おかしいだろ、俺は怖かったんだよ、ずっと長い間…」
 自嘲的な笑みを浮かべる花形は、今にも泣き出しそうに見えた。
「藤真が関係している相手が牧なんだって、いつ頃からだったか忘れたけど、でも、気が付いたんだ。多分、電話かな。後、今思えばだけど、高校の頃、練習試合のときに、なんとなく本当になんとなくそんな気がしてたと思う。それでも俺を選んでくれたから。それだけでずっと、ここまで来れたみたい」
「花形……」
「藤真がだんだん変わっていってたこと判ってたのに、結局、何も言えなくて。言いたい事はいっぱいあったよ。だけど言えなくて。ずっと自分の中で押し殺してた。押し込めて押し込めて。それがいけなかったんだよな。限界だったんだ。ごめんな、藤真…酷いことして…」
 花形の腕に頬を寄せて、今の精一杯を込めて言おう。
「言って花形…ねぇ、お願いだから…」
 頬に手が添えられて。少し震えているのが判る。
 唇に唇がそっと触れて、それだけで判るように言葉が紡がれた。

 愛してる

 微かに震えているのが互いに判るから、目を閉じていてもそれと判るから、溢れ流れるものの温もりに今は酔いしれたい。
 


 
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