-ゴールデン・ウィーク協奏曲 その3-
『仲が良いほどケンカする』
どこかで聞いたことがあるその言葉に、共に呪いでも掛けたくなる心境でもって、ケンカの翌日には電話で話をする事はできなかった。
一応、真行寺は、公衆電話の前を行ったり来たりしながら悩みぬいた結果、もう少し三洲が機嫌をなおした頃が良いだろうと思って、足取り重く部屋へ戻った。
三洲は、机の片隅にいつもは出さない携帯電話を置いて勉強をしていた。待てど暮らせど、予想通りと言うか、真行寺からは電話はなかった。
モヤモヤを抱えたままではあまり眠れないってことを実感しながら、三洲も真行寺も翌日を迎えた。
あーあ、一日って何て長いんだろう…
放課後の剣道部。
真行寺は珍しく、総当たりの稽古に参加した。
このモヤモヤをふっ切りたい事と、三洲へ今日は電話をかけたいために、心の中をすっきりさせたかった。
三洲が憧れていた相楽先輩。三洲を可愛がっていた相楽先輩。自分の三年先輩。
しかし、だからと言って譲るとかそんな事考えた事もない。三洲に横恋慕している、強力な恋敵と言うだけだ。
自信を持て。自信を持て。
三洲の心は自分にあるのだから、自信を持て。
――― アラタさん…俺…
と、その時。
「痛ってぇーーー!」
真行寺の相手をしていた駒沢の面が見事に決まった。
思わず涙目な真行寺。
「稽古中に他所事考えるなよ」
「すまん…駒沢…」
近寄り、こそっと。
「三洲先輩はお前の事が好きなんだから。心配はしても、それ以外は考えるな」
「だな…。今日は電話する。ちゃんと話するよ」
「頼むよ、部長」
駒沢は、真行寺の背中をぽんと叩いた。
そうして、夕方。
部活を終え、ダッシュで食堂に駆け込み、晩御飯を食べた後真行寺は、公衆電話の前にきた。
受話器をとりテレホンカードを入れる。三洲の携帯番号を一つ一つ丁寧に押していく。
――― あー、緊張するわー…
受話器から聞こえてきた呼び出し音に、思わずホッとして胸を撫で下ろした。
一昨日に怒らせてから、携帯の電源を切られていても仕方がないと思っていたから。良かった。これで三洲が出てくれたなら、素直に謝ろう。それから、大好きな事を伝えて、GWの話をしよう。
心が少し軽くなって、三洲が出てくれるのを待った。
が、呼び出し音はなっているばかりで、一向に出る気配がない。
――― んー、アラタさん、風呂でも入ってるのかな…
何回聞いたか判らない呼び出し音に諦めて、真行寺は三洲の自宅に電話を掛けた。
数コール後。
『はい、三洲ですが』
「あ、あの、真行寺です。ご無沙汰してます」
『あらー、真行寺くん。こんばんは、久しぶりね』
「はい…」
『もう真行寺くんも三年生なのよね。勉強はどお?』
「はい、なんとか。あの、それで…」
『あーくんでしょ。それがね、真行寺くん。せっかく電話貰ったのに、あーくんたら、今夜遅くなるのよ』
「あ、そうなんですか」
『新しくできたお友達と晩御飯食べてくるって言ってたわ』
「あ、はい。すいませんでした。じゃあ、アラタさんの携帯に電話してみます」
『そうしてくれる。また、遊びに来てね、真行寺くん』
「はい」
受話器を置いて、しばし考える。
居酒屋かな?イタリアンとかだろうか?
もう一度かけてみることにした。
その頃、三洲は、大学の友人達と居酒屋へきていた。
たまたまその居酒屋に来ていた相楽達とバッタリ。
「まあまあまあ、良いじゃないか」と、皆で一緒に食べようと言う相楽に、「いえいえいえ、先輩達と一緒だと緊張しますから」と遠慮した三洲だったが、友人達が大勢の方が楽しいからと半ば押し切られる形で、一緒にテーブルを囲む事になった。
アルコールもあればソフトドリンクもあるし、学年を越えた交流と言えなくもなく、それぞれには楽しんでいる。内心は複雑な三洲も楽しむしかない。
宴もたけなわの頃、三洲は一息つきたくて洗面所に立った。
隣に座っていた相楽は、ふと気がついた。
辺りを探してみれば、三洲のデイバッグから聞こえてくるこの音は。半分ファスナーが開いているそこに、ちょこんと携帯があり、それが着信を知らせている。
誰からかかってきているのか、相楽は凄く気になる。気になってきになって仕方がない。三洲はまだ戻ってこない。
理性はいけないと言っているが、好奇心の方が強かった。
「誰なのか見るだけ」
言い訳をそっと口にしながら、三洲の携帯を開いてみると、そこには「真行寺兼満」の名前が出ていた。
――― 135番くんか…
やっぱり二人は、三洲が卒業してからも連絡を取り合う仲になっているようだ。
と、着信が止まった。
う〜む、どうしたもんだろう。正攻法で段取りを踏みながら三洲と一緒の時間を作る。そう決めたのは、つい先日。
相楽は(これだけ、一回だけ)と自分に言い聞かせ、真行寺からの着信履歴を削除しようかと思ったが、でも、止めた。やっぱり、正攻法でいこう。でなければ、自分が益々惨めになってしまう。そうして携帯を元にもどした。
どっと冷や汗がでてくる。
――― やれやれ…まったく、もう…。どうして、俺は、こう…憶病なんだ…
そうこうしているうちに三洲が戻ってきた。
座る時、携帯を確認し、デイバッグを後ろにずらした。
「三洲は…」
「はい?」
「GWの後半の予定はもう同窓会で決まりなんだよな」
「ええ、そのつもりです。まだ決定じゃないんですが」
「そうなんだ。じゃあ―――」
と、その時、三洲の携帯が鳴った。
三洲は携帯をとって、相手を確認すると。
「ちょっと、すいません」
言いながら、まだ、通路まで出ていった。
なかなか上手く誘えないタイミングの悪さに、相楽はため息しか出てこない。
「真行寺?」
『こんばんは、アラタさん!』
「真行寺…」
『アラタさん、携帯の電源落とさないでいてくれてありがとぅっす…』
「ふん…」
『あのー、まだ怒ってます?』
「どうだろうな」
本当は、真行寺の声を聞いてほっと安心しているなんて、とてもじゃないが言えない。
あああ、天邪鬼な自分が恨めしい。
「俺は信用されてなかったからな」
『違います違います、誤解です!そんなんじゃないんです!』
「ふん…」
『どうやったら機嫌直してくれます?』
「俺の目の前で謝れ」
『えと、それは―――、はい、判りました!了解っす!』
「で、いつ目の前に現れるんだ、お前は」
『GWの中休みは部の買い出しで出かけるんで、最終日だけなんです…』
「わかった。だったら、麓に降りて来い。話はそれからだ」
『はい…あ、あの…』
「なんだ?不満でもあるのか?」
『じゃなくて…』
「じゃあ、何だよ?言いたい事があるなら、言えよ」
『…外泊届け、出して良いですか?』
「……」
『あー、あは、やっぱり無理っすよね。変な事言って―――』
「判った」
『すい…え?』
「外泊届け、出してこい」
『はい!アラタさん、俺…』
「一晩かけて謝ってもらうから」
『はーい』
受話器を握りしめた真行寺が、元気いっぱいに喜んでいる姿が目に浮かぶ。さっきまでは落ち込んだ声をしていたと言うのに。
現金な奴。
とは言うものの、真行寺の声を聞いて心がほっこりしてきている自分も大差ないかもしれない。
しかも、予想していなかった”外泊届け”と言う言葉に、一瞬身体が熱くなったのも事実なのだ。言わないけれど。
「じゃ、真行寺、切るぞ」
『うん。アラタさん、楽しんでね。ちょっと早いけど、おやすみ』
「ああ、ゆっくり休め」
いつものように三洲から電話を切った。
声を聞いてほっとして、心の閊えもなくなった三洲は、久しぶりに完璧な三洲モードになって、テーブルに戻った。
そうして、それぞれの想いを乗せてゴールデン・ウィークに突入した。