-ゴールデン・ウィーク協奏曲 その4-
ペンションのベランダへ出て、三洲は夜空を見上げた。
今夜は星も綺麗で、何より月も綺麗に見える。
――― アラタさん…月…キレイ…
いつぞやの真行寺の言葉を思い出して、思わず熱くなってしまう。
やれやれ。
今日からGW.
今日から二泊三日の親睦旅行に出かけた三洲の行き先は鎌倉だった。
昼間、鎌倉の街の石畳を歩いて八幡宮まで向かった時、どうしてこんな観光地にきてしまったのだろうと、晴天とは反対に心は曇り空。
なんせ、人が多かった。
人が多くてうんざりな三洲は、そんな心の内は一切見せない笑顔でもって、相楽達と行動したのだけれど。
確かに、古い日本建築や小京都と呼ばれるような雰囲気のある街並みは嫌いではない。しかし、男8人で来るところでもないだろうと思うのだ。
もしかしてナンパ目的?
なんて思ったりしないでもなく、尊敬する先輩やその友人達を疑うのも申し訳ない気になってしまうし。
神社仏閣等を熱心に見ながら歩いている相楽は楽しそうにしていたが、いまひとつ楽しめなかったというのが正直なところだ。
「今夜は、鎌倉のペンションに泊るんだ。結構な穴場で、今日一緒の来ている奴のお薦めだそうだ」
「そうなんですか。今の時期って、どこも満員だと思ってました」
「だろ?なんせ、親がオーナーだったから、部屋が確保できたんだよ」
「へえ」
ペンションのオーナーの息子ねぇ…
それより、部屋の確保って、みんなで雑魚寝とかじゃないだろうな…
ちょっぴり不安な三洲だったが、部屋は四部屋確保されており、雑魚寝ではなかったけれど、問題は部屋割にあった。
”親睦”と言う名のもとにくじ引きで部屋が決まるなんて。しかも、三洲は相楽と同室になってしまったのだ。明日もそうらしい。
どうせ”親睦”を掲げるなら、二日目もくじ引きすればいいものを。
なんて事は言いださず、三洲モード全開の笑みで相楽と同室を認めた。
真行寺が知ったら何て言うだろう。
晩御飯の後、早々に電話して知らせよう。
その真行寺はと言えば、朝練から始まり。午前中は基礎を含めた練習メニューをこなし、中休憩をはさんで、総当たりの稽古で終え、昼食に入っていた。
運動をすれば腹が減る。
「あーもー、飯が美味い!」
「お前、うるさい」
「だって駒沢、美味しいんだよ〜」
「真行寺先輩、がっついてますね」
「いいから、お前らもしっかり食えよ」
一年生から三年生まで、食べ盛り達がきゃいのきゃいの言いながら食事を楽しんでいる。
ご飯粒の最後を食べ終えた真行寺はお茶を一杯飲むと、昼休憩をとるためにさっさと部屋に向かった。
寮の自分の部屋のベッドに大の字に横になって、天井を見つめる。
いまごろ三洲は、相楽達とどこで何をしているのだろう。行き先は神奈川県くらいしか聞かなかったのは、詳しく聞いてしまえばきっと気になって気になって仕方がなくなると思ったから。
たったの三日間だ。何事もない事を祈って、後で楽しかった土産話を聞けば良い。
アラタさん…、ほんとに無事で気をつけて……
と祈りつつ、真行寺は昼寝モードに入っていった。
心地よい昼寝から覚めれば、夕刻まで剣道一色。
三洲からは電話が入るはず。多分。
頭の片隅で三洲の声を思い出しながら、剣道三昧な一日を過ごした。
晩御飯を食べた後、真行寺は部屋へは戻らずに談話室で時間をつぶした。
もしも三洲から電話がかかってきたら、速攻ででるためである。
ちらちら公衆電話を眺める事一時間弱。
一台の電話が鳴る。
待ってましたと、談話室を飛び出していく真行寺。
電話当番よろしく真行寺が受話器をとると、向こうから聞こえていた声は。
『270号室の―――』
「アラタさん!」
『……』
「あ、あれ…」
『真行寺か?』
「アラタさん…、よかったぁーーーーー。黙っちゃうんだもん。間違えたかと思って、冷や汗っすよ」
『何、お前。電話の前で待ってたのか?』
「そうじゃないですけど。談話室にいました」
『そか…』
「?」
『黙るなよ、真行寺…。今日は鎌倉に泊ってる』
「そうなんすね…。俺、行き先、きちんと聞いてなかったし。そっちは、どうですか?楽しんでますか?」
『俺は、人込みは嫌いだよ』
「アラタさんらしいね。鎌倉だったら、今は観光シーズンだから、人が多いよ」
『そんな事よりな、真行寺、ちょっと頼みがある』
「なんすか、改まって…」
『最初に言っておく。不可抗力だったから、変な気を起すな』
「なになになに、アラタさん…」
『くじ引きで決まって、相楽先輩と同室なんだ』
「…………」
真行寺の背中を冷たい汗が伝い落ちる。
『だから不可抗力だったんだよ』
「はい…」
『落ち込むな。それより頼みと言うのは―――』
相楽の気分は、さしずめ、晴れ渡る青空を桜吹雪が舞っているようなものだった。
三洲と同室。しかも、明日も。
こんなチャンス、滅多にお目にかかれるなんてもんじゃない。ものにしなくては男が廃る。今夜がだめなら明日もある。少しでも三洲との関係を近しいものに変えたい。
よし!
心の中は漲る決意に溢れんばかりになりつつ相楽は、良き先輩として三洲との同室の夜を楽しんでいた。
ベランダに出ていた三洲を部屋に呼びもどし、就寝までの僅かな時間に色々な話をする。
三洲を飽きさせないように。警戒心を抱かせないように。真摯に紳士であるように。
「先輩は、本当に物知りですよね」
「いやいやいや、そんな事はない」
「それに物怖じしないですし。でなければ、スペインに単身で旅行して、向こうに精通してしまうなんてことできないです」
「いやいやいや、そんな事はないから。でな、三洲―――」
相楽が、さあ、肝心な本題にそろそろ持っていこうかと思っていたその時。
三洲の携帯が鳴る。
三洲は相楽の話を遮って携帯の着信を見る。
「ちょっと、すいません」
「ああ、いいよ…」
相楽の前で三洲は電話に出た。
「なんだ、真行寺?」
真行寺?また、135番くんか…
「ああ、それで…。そうか、そんな事なってるんだ。それで?」
何を話している、三洲…
「それは大変だったな、部長も楽じゃないだろう?」
部長?135番くんは、どこかの部の部長をしているのか…
「ああ、それはな…」
いつまで話す、135番!
「うんうん、それで?あ、ちょっと、待ってくれ」
そこで携帯から顔を相楽に戻した三洲は。
「すいません先輩。ちょっと、話が長くなるんで、ベランダに出てきます。先に休んでてください」
「…ああ、そうするよ…」
三洲が、電話をしながらベランダに出ていった。
後ろ姿を見ながら、出るのはおおきなため息な相楽。
今夜はここまでかな。
なんてタイミングで電話してくるんだよ、135番くん…。
ベランダに出た三洲は、心地よい夜風に吹かれながら、真行寺と本当にどうでもいいような他愛無い会話に終始した。
二年間、ずっと聞き続けた声だから。
しかも、真行寺の声のトーンは、何故か凄く耳に馴染むのだ。
この声を聞くのが好き。
当の真行寺に言った事はないけれど。
三洲が真行寺に頼んだ事。
それは、今夜は長電話をしようというものだった。
むろん、真行寺に異論などあるはずがない。
恋する男は、いつの世も必死なのだ。