手帳の栞はきみのメモ 


-ゴールデン・ウィーク協奏曲 その6-


 GWの集中練習の最終日。
 剣道部はようやく終わりの時間を迎えた。
 部長である真行寺は、部員達に労いの言葉を掛けた後、駒沢と寮に向かった。掃除や戸締りは一年生と二年生に任せている。
 ああ、三年生って良いな…。
 等と、のんびりしてはいられない。
 足が、勝手に走り出している。

「今日は、三洲先輩と会うのか?」
「そうそう。俺、今日は外泊届け出してるからさ。駒沢は?」
「俺は、明日」
「そかそか。駒沢も明日は頑張れよ」

 ばしばしと肩を叩く真行寺に、顔を紅くさせる駒沢。

「ばっバカ言うな!そんな事っ、ある訳ないっ」
「へ?マジで?」
「時間が…」
「時間なんて、短くったって良いじゃない」
「そう言う問題じゃない」

 この友人は強面でガタイが良いものだから信じられないけれど、実は、とってもナイーブでセンチメンタルでファンシーだったりする。その上、とっても細やかな心遣いをするのだ。
 やる時にはちゃんとやる男なのに。そのギャップに真行寺は、羨ましく思った時もあった。
 それはさておき。

「野沢先輩に、宜しく言っといて」
「ああ。お前も三洲先輩に宜しくな」

 はいはい、了解です。
 寮に着くと、ダッシュでシャワーを使い、着替えを済ませ、これまたダッシュで寮を出た。
 次のバスに乗らなければいけない。
 三洲が待っている。
 とにもかくにも、三洲に会いたい。
 連休中に、思いがけずに会えたあの日。中途半端なままで別れたものだから、あれからが大変だった。長かった。
 悶々と過ごす日々は慣れているはずなのに、この数日の悶々感と言ったら…。

 まあ、いいか…
 これから会えるんだし…
 だけど、アラタさんを壊しちゃわないかなぁ…
 俺…どこまで我慢できるんだろ…
 アラタさんてば、ほんとにキレイなんだよなぁ…
 て言ったら怒るけど…
 俺…

 思わず緩む頬。と思ったら青い顔。またまた緩む顔。
 確実に変な人になっている事に、真行寺は気づかない。


 
 その頃の、祠堂学院の麓では。
 祠堂の生徒を殆ど見かける事はない、駅裏側に位置するシティホテルのフロントで、三洲はツインを一部屋とった。
 キーを貰い目的の階までエレベーターに乗りながら、ちょっとそわそわ気味な自分に苦笑する。
 今夜、久しぶりに会える。
 つい先日、思ってもいなかった場所で会ったけれど、どうにも会った気がしないのだ。真行寺に横恋慕している相手を牽制し、しかも中途半端でほっておかれたのだから。
 あの日から今日までの、何て長かったことか。
 熱くなった頬やその他の部分をこんなにも持て余した事は、今までなかったのではないだろうか。

 その間に、連日、相楽から電話があった。
 確かに、祝日で休講もしている。しかも、相楽に伝えた予定は予定であって決定ではなかったため、家にいて電話に出られるものだから。
 しかし、去年ならいざしらず、今年ではまた事情が違う。尊敬する先輩ではあるけれど、その気持ちに嘘はないけれど、言葉の端々に滲み出てくる”好きなんだ”には、申し訳ないけれど閉口してしまう。
 一つしかない心は、すでに一人のものになっているのだから。
 
 一人のもの…か…

 そう思うだけで、何となく身体が火照ってくる。
 ま、いいか。
 今夜は真行寺に謝り倒してもらおう。
 それに、釘もささないとな。
 どうせあいつの事だから、気づいてはいないだろうから。




 真行寺は三洲から聞かされていたシティホテルに、やっとの思いで到着した。
 玄関ロビーに入っていくと、フロントの近くのソファーに三洲が座っていた。読んでいるのは新聞のようだ。

「アラタさん」
 その声で顔をあげた三洲は、
「やっと来たか」

 近づいてきた真行寺に合わせるように立ち上がる。

「お前、何か買ってきたのか?」
「コンビニに寄って、おにぎりとかサンドイッチとか買ってきたんだ」
「へぇ、お前にしちゃ用意が良いな」
「へへへ、アラタさんとゆっくりしたいから」
「はいはい、部屋は5階だから」

 エレベーターに乗り込み、5階のボタンを押す。
 二人だけを乗せて、ゆっくり上がっていく。
 会話のない静かなエレベーターの中。どちらからともなく手を繋いだ。指を絡ませると、汗ばんでいるのが判る。しかも二人ともだ。
 三洲が真行寺を見た。
 絡まる視線に真行寺が反応を示そうかとした時。

「ここではだめだ」
「う…、やっぱり…でも、アラタさん、そんな顔して言っても無理だよ…」
「は?」
「もう目が潤んでる…って〜」

 自分の顔が紅くなっている自覚があるものだから、三洲は真行寺の足を蹴飛ばした。
 手は握っているのに、きゃいのきゃいのと相変わらずな二人を乗せたエレベーターが、目的の階に着いた。
 廊下から部屋へ、何故か無言になりつつも早足になっていく。
 ドアを開け、三洲は先に入るが、真行寺に腕を掴まれてしまう。
 何だ、と振り返った身体を抱きしめられた。
 真行寺は、三洲を抱きしめたままドアを閉めると、噛みつくようなキスをした。

 それが合図だった。


 どうして、こんなにコイツが欲しい?
 どうして、こんなにも触れたかった?
 どうして?


「アラタさん…アラタさん…」
「んん…真行寺…」

 キスの合間に互いの名を呼ぶ声は掠れている。


 足りない…
 アラタさんが足りないよ…
 もっと…
 もっと…アラタさん…


 互いの胸の内にある漠然とした不安。
 そんな不安を打ち消すように、三洲と真行寺は身体を重ねた。